第17話「イオンの力で……何もできん!」

 はあ、仕事場に空気清浄機……ぜんぜん効果がないと。でもあなたが買ってきた物じゃないでしょ? あ~、ちょうど『その筋の専門家』のところに行ってるからって……確かににおいの専門家ですけど、空気清浄機は家電製品なんだけどなぁ。

 まあ、何かの足しにはなるでしょ。それでちょっと状況を詳しく、どこに置いた何て機械……喫煙所ぉ? まだそんな部屋あるの? 吸う場所がどこにもないから掃除用具入れみたいな狭い密室を作って、そこで隠れて……まあ大変ですね。

 いくら何でもムリですよ。家庭用の空気清浄機でタバコの煙を取るなんて、掃除機で道路の砂を吸ってるようなものですよ。すぐ壊れちゃう。壊れないまでもフィルターがすぐ詰まって、空気を吸わなくなってしまいます。

 え? 煙はちっちゃな換気扇で窓の隙間から出しているからそんな無茶な使い方はしていないけど部屋の臭いが取れない。え~と、空気清浄機と脱臭装置をごっちゃにしてますね、その人。

 確かにね、空気清浄機がにおい取りに使えることはあります。ただ、よく勘違いされているのだが、フィルターとファンしか付いていない安い『空気清浄機』は室内の脱臭をする能力なんかないんですよ。

 脱臭したいなら家庭用の脱臭機が売られていますし、最近はプラズマクラスターが結構力入れて研究しているようです。この間雑誌の衣類消臭実験でプラズマクラスター扇風機が意外と良い結果を出していましたよ。さすがは技術屋の会社だ。


 何で空気清浄機じゃ脱臭できないのか? 簡単なことでね、そのような安い空気清浄機はホコリや花粉を吸い取ることが主な使い方として設計されているんですよ。 ホコリや花粉ってのは肉眼でも見えるくらい大きな粒子ですけど、においの粒子は普通目に見えませんでしょ? それくらい小さい。だからホコリや花粉を取り除くためのフィルターなんて簡単に通り抜けちゃいます。

 その空気清浄機お幾らのだったか聞きました? ディスカウントで1万円しなかったって、それじゃ全然だめですよ。ただのホコリ取りだ。はい? マイナスイオンが出るから少しは?

 え~とね……『マイナスイオン』って物が何かご存じですか? 知らないでしょ。それで正解です、誰も単離されたマイナスイオンなんて見たことがない。あ~、単離ってのはね、電気分解とか化学分解で純粋な元素を取り出すこと。だから、酸素だとかヘリウムだとか、純粋なガスが詰まったボンベって知ってますよね。中学か高校の化学の授業で塩素ガスとか臭素とか、色の付いたガラス容器見たことありませんか? 今はないかも知れませんけど。

 とにかくまあ、そんな具合に『マイナスイオン』ってものを詰めたボンベも、学術資料用のサンプル瓶も、どこの研究所にも存在していません。そんなに健康に良いなら、どこかの企業が大量生産してマイナスイオンガスっての売って大もうけしているはずでしょ?

 いや。家電屋さんは確かに儲けてますけど、それはマイナスイオンそのものを売っているワケじゃない。言ってみれば「マイナスイオンが発生すると言われている機能」を売っているだけです。

 私の家にも、空調機で有名なメーカーの空気清浄機がありましてね、付いてますよ「マイナスイオン」って書いてあるインジケーターランプが。でも、それは8畳用なんですけどね、4畳半くらいの私の書斎で使っているとオゾンのニオイがしてくる。

 それは高電圧をかけてホコリなんかをフィルターに強制的にくっつけちゃうタイプだから、オゾンが出て当然なんですけど。同じく電圧をかけてマイナスイオンが発生するってことも説明しているんですよ。

 え? マイナスイオンとオゾンの違いですか? あ~、オゾンは極めて反応性が高くて、つまり毒性がありますけど。マイナスイオンって言われているものは毒性がないらしいってところでしょうかねぇ。もしかすると存在しないから無害だったりして……。

 健康に良いとか言われていますけど、どんな理由で健康に良いのかがわからない。そもそも『マイナスイオンが健康に良い影響を与える』って根拠が、1938年にロシアで発表された『医学領域 空気イオンの理論と実践』って文献なのですよ、確か。その当時はソヴィエト連邦って国でしたけど。

 しかしその内容と言うのがですね『健康な人間が疲労状態にあるときに、自然条件にあるような比較的低密度な空気イオンに触れると治癒効果がある』と書かれているのですね。しかしこの文章からイオンに関する部分を取り除きますとね『疲労は自然の中にいると回復する』って、非常に当たり前なこと言っているのですね。

 『仕事で疲れたら、ちょっと自然の中に入って体を休めましょう』って、それはイオンが介在しなくても十分成り立ちます。だいたい旧ソヴィエト時代の科学ってのは実験やデータよりもマルクスレーニン主義と官僚への忠誠が重要で、遺伝の法則を否定した文献が正しいと認められていたくらいです。極めて眉唾なものが多いってことです。

 この文献も『ちゃんと休暇を取って自然の中で体を休めよう』ってことを言いたかっただけかも知れませんね。休暇の効用を化学的に証明しなくちゃ認めてもらえなかったので、苦肉の策で陰イオンによる効果を思いついたとかね。


 つづく

※追記:マイナスイオンはJISの規格になりました。でもそのための検定機関は日本に一箇所だけ。何だか資格商売と似たニオイが……。

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