第29話

『なんでも好きなものをあげる、ですってよ。性春真っ盛りの弐宮くんにぴったりの報酬ね! なつとの豊潤で濃厚な”MuHuHu”な絡みを期待しているんでしょう?』

『青春真っ盛りなのは五反田さんも同じでしょ。なつメの最後にはなんて書いてあったのさ。どうせ条件は同じなんだから、直ちにミッションをクリアしないと!』


 ――居た。

 しかも、思いのほか早くチャンスはやってきた。なにやら言い争いをしながら、五反田と雄二が反対側の廊下から、こちらのほうへと向かってくる。

 変なことを口走る前に、声を掛ける。「おーい、五反田~! 雄二も一緒か~?」


「あら。壱河くん、山頂でもないのに大声なんて出して。はしたないんだから」

「にしては、上品ぶった山彦だな。おさぼりコンビの分際でよぉ」

「減らず口ね。だいたい、あなたが公衆の面前で蛍の正体を暴いたのが、もともとの原因なんじゃない。――いえ、むしろ壱河くんのおかげで、蛍がほたるだったって知れたのかしら?」


 ブツブツと独り言を言っている五反田はさておき。オレにはまだやらないといけないことがある。状況を正しく知っておかないといけないので、まずは雄二にじっくりと話を――。


「……五反田。雄二はどこに行った?」

「え? さあ、教室じゃないの? さっきまであたしの隣にいたはずだけれど」

「あ。四葉も居ねえじゃねーか。あいつら、またどっか行きやがったな……?」


 くそっ。雄二を中心に、三沢と四葉がいざこざを起こしているってところまでは突き止めたは良かったが、どうやら詰めが甘かったみたいだ……。

 三沢と一緒に姿をくらました雄二は巡り巡って、今度は四葉とランデブーしやがった。なんなんだよ、いったい。雄二をバトンにしたリレー大会でも流行ってんのか?

 オレを、いかにもアダルトゲームの親友ポジみたいに、悲しい感じにするんじゃない。そのもみくちゃイベントにオレも混ぜろよ!!! 楽しそうなんだから!!!!


 ……失礼、場を乱してしまった。

 サブミッションもほどほどに、本題を忘れてはいけない。三沢の弱点を握って、立場を逆転させてやるのだから。覚悟しとけよ、三沢。3阿僧祇倍返しだ。


「ここに、かなたが居たの? ちんちくりんすぎて、ぜんぜん見えなかったわ」

「お前……いくら中学からの友だちだからって。顎砕きパンチされるぞ?」

「かなたに顎を砕かれる人生も捨てがたいわね。あたしがドМだったら、喜んで顎のひとつやふたつを差し出していたかも」

「顎はひとつしかねーよ。鼻と同じで」

「あたしの世迷言はどうでもいいのよ。それより、壱河くん。かなたの勧誘には成功したの? なにやら仲睦まじくしていたのが見えていたけれど?」


 オレの世迷言は虚しくスルーされたが、オトナの対応をしてやる。

 オレが四葉を臨海学校の班のメンバーに勧誘するに当たり、冒頭の激しい葛藤から、ハッピーとまではいかないその結末までを、一字一句丁寧に説明して御座った。


「残念。弐宮くんがかなたを勧誘することで得られる、なつとの”ATiTi”な思い出は永劫に訪れることがないのね。でも尺的にはナイスなプレーだったわ、壱河くん」

「なんだ、四葉スカウトの件は全員に触れ回っていたのか、あいつ。オレだけの指令かと思って張り切っちまったじゃねーか」

「ふふ。たま~に子どもっぽいところがあるわよね、あなた。ギャップ萌えでも狙っているの?」


 ははは、と適当に笑い、その場を凌ぐ。五反田には悪いが、用事があるのは雄二のほうだった。その雄二が四葉と消えたのなら、五反田に用はない。

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