第28話
「賢一くん、デリカシーなさ過ぎ! そういうのはさ、各々の空気感でなんとなく察せられるくない?」
授業が終わってひと息吐こうとした矢先、ちょうど席を立った四葉に無言の圧力で廊下に呼び出され、窓に面した場所まで一気に詰め寄られた。
これがなんの変哲もないラブコメだったら、「むっ、胸が当たってるぅ!!?」とかありきたりな煩悩が過るんだろうけど、状況と四葉の顔面がそれを許さない。
笑ってはいる――が、心からじゃない。それに、なんだか怖い。邪悪な微笑みが幼少期のトラウマを抉ってくる。こんな笑い方をする敵役が昔、映画に居たな。
「悪いな。こっちにも事情があるんだよ。三沢から大役を仰せつかったんでな。お前が俺たちの班に来ないと、話が進まないんだ」
「……なぁんだ。ぜんぶ、なつの差し金だったんだ。賢一くんが私を班に誘ってくれたこと、嬉しかったんだけどなぁ。賢一くんにとっては、私のスカウトもただの業務だったんだね……」
「ああ、いや。もちろん、オレ自身も四葉には来てほしかったよ。いつメンだし」
「それだけ!? うっす!! 動機が低脂肪牛乳くらい薄いんだけど!?」
四葉がドコドコドコ……とオレの胸を叩いてくる。ゴリラのドラミングじゃないんだから。回っている扇風機に声を当てているみたいに、奇妙に声が波打ってしまう。
「低脂肪牛乳には低脂肪牛乳なりの良さがあるだろ。のど越しが良くて飲みやすい」
「あはは! 賢一くん、変な声~! ……って、底辺バカップルのじゃれ合いみたいなことをしている場合じゃないや」
こほん、と咳払いをひとつすると、四葉は神妙な顔つきに戻り、オレの側からも離れた。ずっとくっついてもらっていても良かったんだがな。変な意味じゃなく。
授業終わりのやけに轟く喧騒が、シンと静まり返るタイミングで、四葉は口を開く。声を絞り出すように、か細くて震えた声で、少し驚いた。
「……そうだよ。なつとはケンカしたの。10:0で私が悪いんだけどね。自分を好奇心を満たすのに必死で、お互いが交わしていたはずの初恋同盟を破っちゃった」
「初恋同盟? なんだそりゃ?」
「んー、なんだろ。男の子の賢一くんにも分かりやすく説明すると、めちゃくちゃ恥ずかしいから……淡白に表現すれば、『なつとの大事な約束』ってとこかな」
「それを破ったと。ふむ……サイテーだな、四葉。なら、13:8で四葉が悪い」
「なにその比率。賢一くんの計算、どうなってんの?」
――冗談はともかく。
ふたりの問題だから、第三者は指を咥えて静観してろ、と三沢や四葉がいうのならおとなしく引き下がる――が、学級委員として。なにより奴隷卒業願望がある身としては、そう易々と箝口令には従えない。
当事者の話が聞けないんだったら、関係者の証言に頼るしかない。捜査の基本は聞き込みだって、ステレオタイプの刑事がドラマのなかで言っていた。
四葉の反応と証言から、三沢との間になにが起きたのかを推理してみると、雄二も関係していそうな雰囲気だ。三沢の初恋相手と云えば、雄二しか居ない。
雄二から話を聞けば、あるいは何か分かるかもしれない。いまどこに居るのかは知らんが、三沢からのメールではもうじき帰ってくるとあった。
授業サボってどこをほっつき歩いてんだか。雄二らしくもない。おおよそ三沢に連れ回されたんだろうが。
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