没26話「最善」

「あんたたちがそこまでのド変態だとは思わなかったよ。最初に班に誘ってくれたときは爽やかな感じがしたのに。……はあ、やっぱり賢一くん以外の男子ってゴミカスのゲロカスだね」

「ものすごい辛辣。……でも、ウチも同意見だよ、かなたたん。みおちゃん先生は男女でグループを作れって言っていたけど、抗議しに行こうかな、さすがに」

「ね。クラスにこんな奴らが居るのとかマジで無理。死んでほしいまであるもん」


 総ブーイングで草。

 辛辣と辛辣のトートロジーが炸裂し、男子群は諸にメンタルを削ぎ落されていた。浮ついた気持ちを隠せずにポロッと滑り落ちた感が否めないが、年頃の男子なんかそういうので良いんだよ――オレと違って。

 汚れた青春を思い描いてしまう愚男ぐおのうち、一人称が【僕】のやつがワナワナと震えながらも抗議の声をあげる。


「ゴミカスのゲロカスでもいい! 僕たちはこの臨海学校で変わるんだ……教室のすみっこで玉子焼きの四隅をぺろぺろしているのはもう、うんざりなんだッ」

「玉子焼きと同級生をそういう目で見るのはね……思っているだけならまだしも、口に出して言っちゃったでしょ。そのまま社会に出たら犯罪者になっちゃうよ?」

「そういう訳だからウチらも、あんたらと同じグループは願い下げだよ。まだ時間はあるだろうから他のヒトたちと組みなね~」

「おいおい。いま俺たちが解散しちゃったら、クラス内のグループが分解に次ぐ分解で盤面がぐちゃぐちゃになるだろ。田舎学校の恋愛模様みたいに!」


 なんか話がややこしくなっているような。気のせいだよな? オレのせいじゃないよな? あいつらが勝手に自爆しただけだよな? 責任の一端はないよな?

 四葉を引き抜きたいが為の機会が、よもやこんな悍ましいことになろうとは。

 クラスメイトの水着姿を拝みたい男子と、それを拒む女子の攻防が、果てしなくどうでもいいように感じるのはきっと、オレが三沢の奴隷だからだろう。鎖を外すことしか考えていない。


「じゃあ、分かった。俺らも壱河学級委員のグルメンになる。これでいいだろ?」

「んー? んん、まあ、それならアリかな。ウチらの視界から失せてくれるならなんでもいーよ」

「よくねーよ。オレの班は四葉1人迎え入れるので定員は埋まってんだ。あやっちとみやちょんには悪いが、こいつらと組んでくんねーかな」

「壱河学級委員も、こいつらの味方ってこと? 気持ちの悪い欲望にまみれた愚男共に、いやらしい目で見られろってこと?」

「そうじゃない。このままだと話がまとまらないから我慢してくれってことだよ。四葉のグルメン加入は譲れないものがあるけど、三沢とだったら交換してもいいから」


 三沢からのメールでは、四葉を班に入れろとしか指定されていない。とどのつまり、三沢と四葉が一緒のグループにならなくてもいいということだ。

 まあ、これはただの屁理屈なので、もし仮に交換が成立したらオレは、永遠に三沢の手となり足となるんだろうがな……。


「えっ。三沢ぁ……? すっげえマイナーチェンジ……ああ、いや。なんでもない」

「あからさまにがっかりするな、悪辣非道のゴミカスぅ! なつにも失礼だし!」

「サイテー。サイテーの化身。あんたらも、壱河学級委員も」

「……オレも?」

「自覚なし!? 確かになつはかなたたんと同じように、可愛らしい生きものだけどさ。交換アイテムみたいな言い方はひどいと思うよ。悪口みたいに聞こえる」


 アイテムじゃないのか? ――という冗談を口に出すのはさすがに気が引けた。この場に居ない三沢ならまだしも、交換相手である四葉も同じ扱いになってしまう。

 心のなかだけで白状すると、別にそれでもいいんじゃないかとも思う。オレの目的はあくまで、四葉をグルメンにすることだ。だからあまり四葉自体には大して興味がない。

 すべてを乱暴に終わらせるには、獰猛さが必要だ。自分の思い通りにできなければ、オレは永遠に一背景のまま。現状の心地よさに身を凪いだら三沢の支配からは――無能であることの脱却は――逃れられない。

 意を決して口を開く。


「まあ、まあ。とにかく。――男共は水着が見たいんだろ? だったら班の女子に固執しなくても、臨海学校なんだからそこらじゅうに水着女子が居るはずだぜ」

「言われてみれば、そうだな。四葉さんに拘らなくても豊かな女子はいっぱい居る……五反田さんとか、二取さん? とか。いっぱいっぱいっぱい……!」

「キモ。沈んじゃえばいいのに」


 よし。これで男子は封殺できた。あとは、あやっちとみやちょんを丸め込めば自ずとミッションクリアだ……!


「周りの子たちも被害に遭うのは頷けないけど……ウチらのダメージが軽減されたんなら別に現状維持でもいいや」

「ね。欲を言えばウチらも壱河学級委員の班に入りたかったんだけど、かなたたんで定員を満たしているんでしょ?」

「ああ。悪いな、ふたりとも。この埋め合わせはいつか……」

「じゃあ、先延ばしにするとどうせ流れるから、今日の放課後付き合ってよね。タピオカおでん巡りいこーよ。もち、壱河学級委員の奢りで」

「それで許されるなら、奢りでもなんでも。つーか、タピオカおでんってなんだ、美味いのか?」


 ミッションコンプリート。三沢、どうだ。見たか。これがオレの実力だ。

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