第19*話

「じゃあ、ボクはこれで失礼するね」

「蛍。いつの間に、なつと親しくなったの?」

「別にそういう訳じゃないよ。ただ、ひとりぽっちで遊園地のアトラクションに挑もうとする三沢なつが、あまりにも可哀想で見ていられなかっただけだよ」


 バスにひとり取り残されたなつの様子が気になって仕方なかったけど、蛍と一緒に居たのか。なんだか、友達の輪が広がったみたいで、ちょっぴり嬉しい。

 正体を隠しているがゆえに、悪目立ちしたくないという理由で、蛍はかつて仲の良かった――いまでも関係は良好だが――私にも教室内ではなるだけ話し掛けないでほしいと念を押してきていたが、蛍が誰かと自主的に話すなんて!

 しかも、相手はなつと来たもんだ。


「なつのこと、気に掛けてくれたんだ?」

「まあ、ボクも班のみんなと馬が合わなかったからね。ボクを除く班員がもれなくカップルってどういうこと? 数合わせに利用されたボクの気持ち、分かるかい?」

「あはは。青春だねぇ。蛍も好きなヒトとか居ないの?」

「居ないよ。かなたと違って、ボクは教室でスマホを弄るだけのBOTだからね」


 確かに! と思ってしまったが、それだけに留める。クラスの誰とも話さずに、ただスマホを眺めるだけの蛍は意外に目立っている。私のグループでは話題が一定期間尽きた頃に、だいたい蛍がスマホで何を見ているのかを議論するし。

 えっつぃ写真でも見ているんじゃないか、という結論にもれなく達してしまうけど。


「ねえ、蛍。ずっと思っていたけど、フルネーム呼びきつくない?」

「大丈夫。もう慣れたから。それより、蛍って呼ぶのやめてくれないかな。その名前、あんまり好きじゃないんだよね」

「えー。ふたりきりでもダメ?」

「ダメ。今度からボクのことはケイって呼んで。両性的でいいじゃない?」

「分かった。蛍が言うならそうする。ケイ、ね」


 ケイ、ケイ、ケイ。心のなかで何度も反復するが、しっくりこない。ひた向きに落ちていく砂を眺めているみたいだ。私では蛍を救えない。救いたいのに……。

 ゆき……。

 私の、もうひとりの親友。彼女に相談しようかな。

 いや、でも……。



「……もう用はない? なら、ボクは帰るけれど」

「ああ、うん。ばいばい、ケイ」


 蛍の背中が小さくなっていく。引き留めようとしたが、話題が浮かばない。聞きたいことは山ほどある。でも蛍を傷つけてしまうかもしれなかった。

 プライベートはともかく、女の子が男子の制服を着るなんて、よっぽどだ。複雑な事情があるんだろう。口調も、性格も、友だちとの接し方もまるっきり違う。

 ――彼女は、誰だ? 蛍じゃない。まるっきり、別人になっちゃった。そういうものなのかな。分からない。私だけあの頃のままみたいだ。自分だけが、変わらない。

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