第18*話

「そ、そうだ。二取くん、なつを知らない? 茶髪のショートヘアで――」

「もちろん、知っているよ。きみの幼なじみで、いまとなっては、さ」

「……え?」


 聞き間違いだろうか。なつと蛍が恋人? あれ、なつのこと……嫌いなタイプって言ってなかったっけ。昔の自分とよく似ているからって。

 それに蛍は高校デビューと称して、長い髪をばっさり切り、口調や服装を男子高校生のそれに近づけた。まるで過去の面影と決別するかのように。

 ――まあ、でも。どんな姿でも蛍は蛍だ。女の子と付き合っていようと、男の子みたいに少し低い声で喋っていようとも。新しい人生を送る権利は誰にでもあるんだから。知らんけど。


「だから、恋人だってば。こんなに近いのに聞き逃す? 三沢なつから聞いていなかった? でもまさか、きみと四葉かなたが付き合っているなんてね」

「……に、二取。もしかして、見ていたの?」

「うん。ボクらもちょうど、ふたりだけでいちゃつける場所を探していたんだよね。あいにく、お気に入りの場所はきみたちに占拠されていたけど」


 蛍とは裏では仲良しだが、第三者が入り込む空間ではただのクラスメイトとして接している。蛍が指示していることだ。なんでも悪目立ちしたくないらしい。

 そりゃあ、そっか。男子の制服を着ているから、その胸の撓んだふくらみに気付かれてしまう可能性がある。さらしを巻いても息苦しいだけなので、仕方なくそのままで居るみたい。……私なら、それを利用して賢一君にアピールしまくるけどね。


「ち、違うんだ。僕たちは付き合っている訳じゃ――」

「――違う? 何が違うの? キスなんて付き合っていないとできないでしょ? それとも、きみたちは恋人よりもふしだらな関係なの? まるで獣だね」


 蛍が水を得た魚のごとく活き活きとしている。仲良し幼なじみからの「獣」発言はさすがにキツイ。なつへの裏切りを自覚してしまうから、すごく息が苦しい。

 ……なんて、被害者ヅラを引っ提げちゃダメか。なつはこれよりもずっと辛かったんだろうから。好きなヒトと友だちが放課後の教室であんなことシていたら。


「……なんてね。獣なのはボクたちのほうだよ。本来であれば、ここでセッ○ス的なことをしていたのはボクたちだもの。ちなみに、提案者は三沢なつだよ」

「なつが? 嘘でしょ?」

「想像はきみたちに任せるよ。ともあれ、衝撃的な場面に三沢なつはびっくりしたのかな? ライオンに狙われたシマウマみたいに逃げ出しちゃった」


 蛍の口から「セッ○ス」なんて聞けるとは。オトナになったね。身体だけだと思った――という失礼な発言は胸のなかだけに留めておくことにして。

 なつが、蛍とそういうことをしたがるとはとうてい思えないので、おそらく蛍がその場ででっち上げた嘘だろう。私が何度、なつから「雄二がどうのこうの~」と言われたか。

 こんなにも一途な乙女、見たことがない。恋に恋する性欲まみれの高校生のなかでもとびきりスーパーレアな存在だ。だからこそ、小さい頃から想い合っていた幼なじみって尊いんやね。

 私のなかの限界オタクがなんか言ってる。まあ、でもまったくもってその通りなので、口を挟むのはやめた。


「教室でそんなこと……ワタシにはできないよ」

「でも、シていたじゃん。四葉かなたはNTRの趣味でもあったの?」

「そんな訳ないじゃん。私がしていたのは予行演習だよ。賢一君とのお付き合いを想定した、ただの練習なんだからっ」

「え? キスに練習とかあるの? 四葉かなたにとって、ファーストキスって無価値なものだった?」

「そ、そういう訳じゃないけど。でもさあ、好きなヒトとじゃないとファーストキスって成立しなくない? 私のなかではまだノーカウントなんだけど」

「うわぁ……。それはさすがにふしだらが過ぎるよ、四葉かなた。そんなの、誰とでもヤレる発言と大差ないって。処○膜を破らなかったらセーフみたいな」


 蛍とオトナの会話を嗜んでいると、女の子同士が盛り上がっているのに気まずく感じたのか、弐宮が帰ろうとしていた。見るからに初心だもんね、こいつ。

 

「あ、弐宮クン。三沢なつを追いかけるのは構わないけれど、唆すのだけはやめてね? それはボクのものだからさ。ボクって浮気がいちばん嫌いなんだよね」

「……そんなつもりはないよ。僕はただ、仲直りがしたいだけなんだ」


 そのまま教室のドアを開け放って、廊下を走っていく弐宮。そんなに気まずかった? 

 ……いや、気まずいか。私に置き換えてみたら、幼なじみの女の子にキス姿を見られたってことだもん。つまるところ。

 きゃっ、恥ずかし。

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