第16話
「……実はね。かなたを臨海学校の班に入れたいの」
「はあ。入れたきゃ勝手に入れればいいでしょ。なにゆえボクに相談なんか――」
「元はと言えば、あなたのせいなんだけど」
――ボクのせい、だって?
確かに、四葉かなたは最近、ボクたちの前に姿を現していないけれど。でもそれと、四葉かなたと三沢なつが気まずくなっていることは……あ。
「思い当たる節がある、よね? ないと、そんな顔しないもんね?」
「……そういえば、きみに粘着しているうちに、弐宮雄二は四葉かなたという名の、別の女を引っ掛けていたっけ。きみと同じで二股のファンキーモンキーだよね」
「わたしは心が弱くなっているときに、あなたの口車に乗せられていただけだもん。ゆーじが盛ったお猿さんなのは否めないけど、少なくともわたしは違うよっ」
「いいや、きみたちは同じ穴の狢に過ぎないよ。どちらも短期間で別れたとはいえ、いとも容易くカラダとカラダの接触を許してしまったんだから」
「え? わたしとほたるちゃんって、そういうえっちなことしてなくない?」
ああ、そうだ。三沢なつとボクはそんなことしていない。するはずがない。面倒だからまとめただけで、特に意味はない。
――なのに。
「もしかして、わたしが寝ているときとかに、ブチューってした、とか? え、あの。そんなことされちゃうと、諸々の計画が台なしになっちゃうんだけど、えっと……」
「う、煩いな、このメスは。なに発情しているんだ、気持ち悪い。顔面ぶん殴って正気にさせてやろうか?」
「そういうの、ダメだよ! ドメスティックバイオレンスってやつになるんだから!」
「ただのバイオレンスだから安心しなよ。……っていうか、肉体接触という言葉に卑猥な意味しか含まれていないと思っている時点で浅ましいんだよ、おまえは」
弐宮雄二と四葉かなたはあの時、放課後の教室というありふれたシチュエーションでキスをした。三沢なつを地獄に突き落とした、最高のパフォーマンスだった。
一方で、ボクと三沢なつのペアが肉体接触という名目で行ったパフォーマンスは暴力行為そのもの。俗にいうビンタである。いまでも痛みが尾を引いている。
こいつのビンタ、どこかで鍛えたのかってくらいに痛い。思い出し涙がちょちょ切れてしまうほどに。
「……それで? あれ以来、気まずくなって話していないのかい? そりゃあ、そうか。大切な幼なじみのファーストキスを奪った仲だもの。敬遠して当然だ」
「う、いや、まあ。そのことに関しては、かなたのことをあんまりよく思っていないけど! でも『幼なじみ』という特別感にかまけていたわたしも悪いし」
「えっと、ボクとの関係を終わらせたのは全然まったく構わないんだけどさ。ひょっとして、四葉かなたはまだ弐宮雄二と繋がっている気でいるんじゃないの?」
「んん? どういうこと?」
「――はあ。当事者の分際でピンと来ないとは。もはや呆れるよ」
それでも小首を傾げ、何も分からないといった風な三沢なつを見て、深くため息を吐く。その仕草があざとみの塊でしかないので、とにかく苛立ちを隠せない。
――しかし、四葉かなたとの件が抉れたのは、ボクの責任の一端でもあるため、当事者の三沢なつにはそれとなく気付かせてあげないと、あとで色々とめんどくさい。
「ああ、もうっ! なんで、そう察しが悪いんだ、三沢なつ! 良いかい、きみと四葉かなたは弐宮雄二の件からまともに話をしていない状況だ。そうだろう?」
「うん。親友だったのがウソみたいに、ふたりきりでの会話はゼロ、だよ」
「そしてきみは四葉かなたには何も伝えず、勝手に弐宮雄二と結ばれた」
「勝手ってそんな、ヒトを間女みたいに!」
「実際に間女なんだよ、三沢なつ。きみは四葉かなたの恋路を踏みにじったんだ。つまるところきみは、サイテーのクズ女って訳だ」
「踏みにじっただなんて、そんな……ひどい。強調しなくたっていいじゃん。いくらわたしのことが憎いからって、サイテーのクズNTRファンキービッチなんて」
「……さすがにそこまでは言っていないけど」
何にせよ、ようやく気付いてくれたみたいだ。三沢なつが晴れて弐宮雄二と付き合った――のはどうでもいいが、先客であるはずの四葉かなたはそれをどう思う?
きっと、嫌な思いをするはずだ。ちょうど、ボクが過去のゆきに感じたみたいに――まあ、あれはどうしようもないくらいにボクの勘違いだったけれど――。
ともあれ、信じていたヒトに裏切られるというのは、ものすごく切ないことなのだと思う。ボクはそれを、かなたには体験してほしくない。
だって、かなたもゆきと同じくらいに大切な存在だから。
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