第15話

「んぐんぐ……ごくん。はぁ、おいし! ほたるちゃんも食べなよ! 学校をサボって食べるリンデポングの美味しさたるや、お風呂上がりのアイスに匹敵するよ~♪」

「ドーナツとアイスは別ものでしょ。匹敵とか、そもそもないよ」


 三沢なつのアホみたいな論理に呆れつつ、適当に相槌を返す。強引に連れてこられたドーナツ屋で彼女はアホみたいにドーナツを注文し、ボクはホットコーヒーを1杯だけ頼んだ。

 店内を見渡すと、スーツ姿の会社員がノートパソコンをカタカタしていたり、女子大生くらいの3人組が楽しそうに話していた。さすがに制服は目立つらしい――店員には怪しげな目つきで見られた。学校に通報とかされるのかな、やめてほしいけど。



 コーヒーを啜る。苦い。背伸びするもんじゃないなと思ったが、甘ったるいカフェオレを飲みながら、三沢なつとおしゃべりするのは、なんというか想像でもキツイ。

 というか、こいつ。ボクをさりげなく「ほたるちゃん」って呼ぶの、やめてくれないかな。そうやって呼んでいいのは、ゆきだけなのに。彼女ワタシを穢すな、三沢なつ。


「細かいことはいーの! それよりさ、ほたるちゃんはドーナツ食べないの? もしかして、リンデポング嫌い? っていうか、コーヒーなんてよく飲めるね? コーヒーってさ、泥水みたいな味しない?」

「三沢なつ。きみは質問が慌ただしいよ。せめて、一貫性のある活動をしな」

「うへへへ。ほたるちゃんのことをとにかく知りたいって願望が、言動に滲み出ちゃったよぅ。あなたが女の子だって分かったとたん、憎たらしいけど可愛いからしょうがないって思えるようになったんだよ? おっぱいもでっかいし……」


 なんだろう。一点の曇りなく、こいつがキモイ。特に、ボクの胸を舐め回すかのように下がっていく目線がマジで不快だ。咄嗟に膨らみを隠そうと思って、腕を組んだが、効き目はないように感じる。むしろ、悪化しているような……。



「……こほん。そういう目でボクを見るのをやめてくれないかな。そんなに大きくしたいのなら、コーヒーを浴びるように飲めばいい。コーヒー豆のミサワバカという成分が身体じゅうの血液の巡りを良くしてくれるはずだよ。あとは連鎖的に……」

「えっ、ホント!? じゃあ、そのコーヒーもらっちゃお! ……うえぇ、苦ぁ」

「……これほどまでに騙されやすいのも考えものだね」

「なんでウソ吐いたの……? ぐすん、口のなか苦いのが残って……うう。リンデポングで口直ししなきゃ」


 三沢なつが、涙目で訴えてくる光景には、つい口許が緩む。

 存在しない成分で暗にバカにしたのに、それにすら気付かないとは。さすがはアホの子。目の前のことを疑いすらしない。まるで昔のボクそのものだ。虫唾が走る。


 コーヒーの後味を消そうとして、無理にドーナツを頬張る三沢なつ。ヒマワリの種を貪るハムスターみたいで、見ていて面白い。

 小動物だと思えば愛おしさはあるが、どう穿った見方をしても人間なので、残念ながらムカつきが上回ってしまう。



「ねえ、三沢なつ。ボクのことを知りたい、っていうのは嘘でしょ。きみがボクに近付くのには、別の目的があるように思えてならないんだ。何か悩みがあるんだろ?」

「よ、よく分かったね。えへへ……いつかは本題に入ろうと思っていたんだけど、なかなか切り出せなくって。あなたに相談、なんて嫌な予感しかしないけど……」

「それ、どういう意味? コーヒーをがぶ飲みすればいいって言ったよね、さっき。ファビュラスな体型になりたいんだったら、それ相応の努力はしないと」

「おっぱいの悩みじゃないから! それはそれで、いまのわたしを好きでいてくれるヒトが居るから。彼にはわたしのあるがままを受け入れてもらって、ね?」



 分かりやすく惚けるんじゃない。末代ごと滅ぼしてやろうか……この、脳内お花畑の幸せ者め。

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