第14話

「臨海学校のメンバーは現段階だと、わたし、ゆーじ、ほたるちゃん、ゆき。そしてあの賢一くんだよ。すべての元凶の。伝説の引き剝がし職人の」


「元凶というか、ほとんど事故のようなものだよ、あれは。遅かれ早かれボクの性別偽装はバレていただろうし」


 壱河賢一は悪くない――訳ではないが、彼がボクの身を引っぺがさなくたって、いつかきっと、別の誰かがやっていただろう。傍若無人な教師とか、まったくの第三者とかね。


「ふーん? やけに賢一くんの肩を持つんだね、ほたるちゃん。ひょっとして、惚れちゃった? 賢一くん、イケメンだもんね~。無理もないよぅ」


「あいつのどこに惚れる要素があるの? ただ、顔面が整っているだけでしょ。だというのに、三沢なつ。きみはやけにボクの感情を歪曲させたがるね。ボクは初恋が芽生えてから1度たりとも、ゆき以外のヒトを好きになったことはないよ」


「マジレスされちゃった……そんなこと、分かっているよぅ。ちょっとふざけちゃっただけじゃん。それを真面目に解釈しちゃってさ? ほたるちゃんはユーモアと糖分が足りていないんじゃないの? この先にドーナツ屋さんがあるから寄ろうよ!」


 行かない。少なくとも、三沢なつとは。どうしてこいつは馴れ馴れしいんだ。友だちが少ないから、臨海学校の班決めを苦戦しているのだろうか。……いや、違う。


 三沢なつほどのマスコットキャラは居ない。ボクが誰からも愛されない闇ならば、こいつは誰からも愛される光なのだから。それなのに、なぜボクに突っかかる?


 それも、嫌われていることを棚に上げて。無自覚に蔑まれたい感情を抑え切れない、とか? 分からない。いろいろ考えてみたが、想像の域を超えなかった。


「やだよ。ひとりで行きな」


「冷たっ。一緒に行こうよぉ。奢るよ? リンデポング食べ放題だよ~?」


「くっつくな。その貧相な胸を押し付けたって、興奮してくれるのはきみの変態幼なじみか、概念としてしか女性を知らない哀れな子羊だけだ」


「……ひどい。二取くん、そんなこと言うんだ。自分が言われると吐くくせに」


「んんっ。論点のすり替えをするんじゃない。きみが貧相な身体つきをしていることと、ボクがきみの卑猥な発言で戻してしまうことは、まったくの平行線なはずだよ」


「論点のすり替えとか、そういう堅苦しい討論はしていないよっ! わたしはね、二取くん。ただシンプルに、謝ってほしいんだよ。セクハラのことも、これまでのことも。あなたにはどうしようもなく、わたしに対する謝意が足りていない気がするの」


「だから、暴力ビンタで無理やり解決しようとしたんじゃないの? あのときのあいつらみたいに、自分たちが満たされれば、第三者のことなんか微塵も考慮していないんだ」


 ダメだ。どうしても三沢なつと対峙すると、嫌なことを思い出してしまう。早く帰ってくれないかな。やんわりと断っているのに、ぜんぜん伝わらないし。鋼のメンタルかよ。トップの営業マンになれるよ、きっと。知らんけどね。


「それはビンタ1発で終わらせた、なっちゃんの御心でしかないよ? むしろ感謝してほしいくらいだよぅ。いま、わたしがしつこいくらいに二取くんを連れて行こうとするのは、エゴじゃないよ。いいから行こうよ! いつまで立ち話してんのっ!」


「うわあ。完全にただのエゴ……」


 三沢なつがまたボクの腕を引っ張ってくる。パワーでは勝てないので強引にドーナツ屋へと移動させられてしまうが、抜け出せそうにないな。


 となれば、いっぱい注文して三沢なつの財布をすっからかんにしてやろう。皿洗いさせるまである。うん、そうしよう。そうするしかない。たぶんね。


 

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