第13話

「――だから、でわたしたちの関係もリセットだね」


 その刹那、顔面に鋭い衝撃が襲ってくる。三沢なつの手のひらが僕の頬っぺたを覆っていたのを見て、ボクはそこでようやく、三沢なつに殴られたのだと自覚する。


「まったく。愛がないね。元カレにする仕打ちとはとても思えない」


「元カレなんてそんなもんだよ。どうせ、思いついたかのようにカラダ目的で連絡してくるんでしょ」


「そんな貧相なの、誰も愛してくれやしないよ。物好きな幼なじみを除けば、ね」


「うん? おかわりしたいのかな、二取くん? これで手打ちにするとは言わずに、何度でもあなたのほっぺたを赤くしてあげられるけど? もちろん、物理的にね」


 そう言って、虚空でビンタのデモンストレーションを始める三沢なつ。暴力で解決しないんじゃなかったのかよ。言っていることとやっていることがちぐはぐ過ぎる。


「……くだらない。きみに話すことはもうないよ、さよなら」


「あなたにはないだろうけど、わたしにはあるの。もう少し付き合って」


 来た道を引き返そうとして、思い切り腕を引っ張られる。三沢なつ……その細っこいカラダのどこに、そんな野性味あふれる力を宿しているんだよってくらいに、ものすごい勢いで戻された。


「三沢なつ。きみは相撲取りになるべきだ。優勝できるよ」


「やだよ、お相撲さんっておっぱい丸出しじゃん。わたしに特殊な性癖も欲求もないからっ! 二取くんがやれば? もれなく、ぶるんぶるんだよ?」


「品のない言葉が似合うね、きみは。ああ、やっぱり三沢なつに下ネタを言われると、リアルに吐き気がするよ。過去のトラウマをほじくり返されるみたいできつい」


「ええっ……おっぱいって下ネタなの? どちらかといえば、上じゃない?」


 冗談で言ったつもりだったが、もしかすると本当にボクは三沢なつアレルギーかもしれない。カラダのあらゆる部分が三沢なつを拒絶している。


 他人同士の会話ですら、気まずいときには適当な相槌をするんだろうけど。三沢なつとのそれはどうにも、そのまま流れてフェードアウトしがちになる。


「んん……こほん。そんなことを言いたかったんじゃなくってね。――ねえ、二取くん。わたしたちのさ、臨海学校の班に入ってよ。メンバーが足りないの」


「臨海学校……? ああ、あったね、そんなの。1年の頃にもあったけど行かなかったよ。高校生にもなって海で燥ぐの、バカバカしいじゃん」


「さすが二取くん。伸び切ったカップ麺みたいに冷めているね。班には、ほたるちゃんの愛してやまない、ゆきも居るよ? ゆきの水着姿……きっと、生唾ものだよ?」


「それを言うなら、眉唾だよ、三沢なつ。意味も違うし。覚えたての言葉を使いたがる小学生かよ。ゆきが居るのはいいけど、ほかのメンバーは? だいたい想像つくけどさあ」


 えへへ、と舌先をちろっと出してはにかむ三沢なつ。なんなんだ、こいつ。その舌、引っこ抜いてやろうか。可愛いと思ってやっているのなら余計に質が悪い。


 これでブスだったら、天秤が釣り合っていただろうに。認めたくはないが、三沢なつの顔面はブスとは程遠い位置にある。残念ながら、美少女の部類なのだろう。


 それならば、せめてミスコンに出場して1回戦負けしてほしい。そして自分のレベルと向き合ってほしい。でもどうせ、良いところまで行くんだろうなとも思う。

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