第12話

「そうじゃないよ、二取くん。わたしは二取くんも、ほたるちゃんも、本物のあなただと思っているよ。ほたるちゃんのほうはあんまりよく知らないけどね」


「知らなくていいよ。三沢なつみたいな第三者が知るべきじゃない。あいつはもう、死んだんだよ。とっくの昔に。他でもない……ボクが殺したんだから」


「わたしが言っているのはね、ええと。なんて言ったらいいんだろ」


「知らないよ、そんなの。あのさ、まとまってから発言してくれる? 正直なところ、きみと長いこと話していたくないんだよね。アレルギー持ちだからさ?」


 言いながら、青空を仰ぐ。綺麗な空だ。雲ひとつない快晴で、なんだか味気ない。電柱から電柱へと飛んで移動する忍者を思い浮かべて遊ぶ。退屈な時間だ。


 午後の授業は何だったかな。選択美術と体育だった気がする。早退したのがよかった。ボクの正体は既にクラスにバレてしまっているから、余計に居づらいだろうし。


 ――まあ、でも。関係ないか。どうせ、体育なんか早退の有無にかかわらずサボるし。色眼鏡で見られるくらいなら、E評価くらいくれてやる。


「……あ。まとまったから発言してもいい?」


「めげないね、きみは。アレルゲン扱いされているのに」


 三沢なつのほうには1秒たりとも視線を向けなかったが、お互いに異なる方面を見ているのが分かった。スマートフォンのフリック入力の音が聞こえてきたからだ。


「とどのつまり、あなたはほたるちゃんとしてではなく、二取くんとして生きているんだからそれで良くない? ってこと。それ自体はなんら偽りではないと思うよ?」


「言葉の暴力で語りたかった訳じゃなかったってことだね。それで?」


「んん。わたしがあなたに言っているのは、適当なことを言って周りを貶めないでってこと! それが二取くんの悪いところだよっ! わたしも雄二も――たぶん、かなただって被害を受けたんだよ! それに関してはマジで土下座してほしい」


「土下座? 病人に対する仕打ちには、とても思えないけど」


 床にひれ伏して謝ることの、どこが謝意になるのか。むしろ、相手を見下すことで心の平常心を保ちたいだけのように思える。くだらない承認欲求じゃないか。


 本音を言うと、三沢なつごときに頭を下げたくない。それはつまり、過去の自分に負けたことになる。自分がしてきたことの否定になるので、まっぴらごめんだ。


「土下座はさすがに冗談だけど、謝ってほしさはあるかな。じゃないと、そろそろ本気でキレそうだよ。二取くんがマジの男の子だったら、腹パンからの金的もあり得たよ……?」


 何度目かのマジトーンだったので、空を仰ぐのをやめ、三沢なつをようやく視界に捉える。普段は感情が豊かで、あほみたいな面構えだったのが、驚くほどに無表情だった。怒りを押し殺しているのがよく分かる。これは前言撤回をしなければ。


「わ、悪かったよ。ボクも自分の心を守るのに必死だったんだ。トラウマを脅かされたくなかったし、なにより昔のボクにそっくりなきみを見ていて、ひどく搔き乱されたんだ。……でも、許してくれとは思わないよ。だって、ボクは過去が嫌いだから」


「あなたが過去にどんなひどい目に遭ったのかは想像に難いけど、いきなりわたしの環境を荒らすのは、やっぱり違うと思うよ。そんなの、無差別殺人と大差ないもん」


 無差別殺人、か。言い得て妙だ。殺人犯のセオリーな供述に「むしゃくしゃして殺した」というのが存在する。ボクが三沢なつに施したことも、案外それに近いのかもしれない。三沢なつからしたら、後ろからいきなり殴られたようなものだしね。

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