第9話

「ねえねえ。ほたるちゃんはどんなぱんつが良い? と言っても、保健室にはワゴンセールで買い揃えられるような、やっすい下着しかないんだけどね」


「それくらいシンプルなのが良いと思うよ。そーいうの、興味ないし」


「ええっ! ほたるちゃんは見えないところには気を遣わないタイプなの? ダメだよ~っ、せっかく女の子なんだから、おしゃれにはアンテナぴんぴんじゃないと~」


「『女の子だから』とかさ。そういう時代錯誤な固定概念、そろそろやめたほうが良いよ、三沢なつ。世のなかには生まれ持ったものが嫌なヒトだって居るんだから」


 言って、蛍は目線を下にやった。ジャージに身を包んで身体のラインが見えにくくなっているものの、やはりだけはどうしても目立ってしまう。


 二取くんとしての蛍が、体育に一度も顔を出さなかった理由が、たぶんこれなのだと思う。蛍はずっと昔から――もしくは、あの事件を境に――自分が女の子だという事実が嫌で仕方なかった。


 だからきっと、来たくもない学生服に蛍を隠し、二取くんを演じていたのだろう。見違えるような仕草や言動が、二面性の重要度を表している。


 蛍に想いを募らせたままのあたしですら、二取くんが蛍だということに気付けなかったし。あのときとは、名字や姿形だって、まるで違っていたし。


「ご、ごめんね……ほたるちゃん。そんなに睨まないでっ! ね? いままでは憎たらしくて、いけ好かないやつだとずっと思っていたけど、ほたるちゃんがほたるちゃんだって分かったから、多少は同情できるよ? 大きすぎても困るよね、確かに」


「小さすぎるやつに情けを掛けられても……って感じ。三沢なつごときがボクの悩みを理解しようとしないでくれるかな。きみにはもう、これ以上踏み込んでほしくないんだよ。分かってくれ、部外者」


「それが、恋人に対する仕打ち? ほたるちゃんって、ヒトのことにはぐいぐい首突っ込んでくるくせに、自分のことになるとガード固くなるよね。なんで?」


「うるさい。空気が読めてないことくらい、理解してくれよ、三沢なつ。きみはね、恐ろしいくらいに昔のボクに似ているんだよ。だから声を掛けた。最初からずっと、それだけの関係だったんだよ。それで過去なんて変わる訳ないのにね」


 もう一度目を伏せる蛍。今度は小さな両手をただひたすらに見つめている。触れてしまうだけで、壊れてしまいそうなくらい華奢な手だ。つい目を奪われる。


 ……いや。見ているだけじゃダメだ。思い切って、蛍の手を包み込む。一瞬のことで振り払われるかとも思ったが、拒絶はしないでくれた。――ありがとう、蛍。


 こんなことで蛍の不安な気持ちは消えないだろうが、それでも。あたしだけは蛍の味方だ。あなたの笑顔を守り切れなかった、愚かなあたしだけど、それでも。

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