第10話
「ふーん……? 昔のほたるちゃんかあ。やっぱり、スカートじゃなくってパンツスタイルだったの? 女の子で男の子の制服を着るっていうのが珍しいよね?」
「珍しい、という形容詞でボクをサーカスのライオン扱いしないでもらえるかな。自分の見た目が嫌で嫌で仕方なかった結果がこれなんだから。努力の結晶だよ?」
「でも、さらしとかは巻いてなかったんだよね。賢一くんに身ぐるみ剥がされたとき、すぐにバレちゃったもんね? わたしの距離でもこれが分かったくらいだし」
ジャージ越しになつが、蛍の胸に触れる。効果音は、ぽよんくらいの勢いだったが、なつの幼女並みの小さな手にはありあまるくらいのボリュームで乗っかった。
羨ましい。あたしもやりたい――と思って手を伸ばした矢先、幼女の手を蛍が払いのける。
「気安く触らないでくれる? これを触っていいのはゆきだけだよ。それ以外は許さない。……というか、あっ、ちょっと、ごめん。昔を思い出し――」
「……え? うわあっ、だ、だいじょぶ……!?」
なつが絶句する――と、蛍は急いで口許に手を当てた――が、間に合わない。指の隙間から、どろどろとした液体が音を立てて零れていく。
蛍の、苦しみに歪んだ顔がいちいち刺さって、胸が痛くなる。これが偽善でなければ、利己的でなければ、なんだっていうんだ。支えにもならない自分がいちばん歯痒くくて仕方ない。
「ごめんなさい、なつ。蛍はいま頗る体調が悪いみたいなの。よかったらこのまま、蛍を家まで送っていってもらえるかしら。保健委員だったわよね?」
「あっ、うん。もちろんだよ。極上の保健委員として、ほたるちゃんを安全に送り届けちゃうよ!」
「ううっ……ゆきに頼みたいんだけど、だめ? 三沢なつとの下校とか、完全に罰ゲームじゃん」
「言っちゃ悪いと思うけれど、罰ゲームよ。あたし、蛍がなつと付き合っているなんて初めて知ったもの。恋人同士、積もる話もあるでしょ、どうせ。……ねえ、二股女さん?」
「それ、どっち⁉ どっちのこと言っているの⁉」
なつがヒステリックな女みたいに喚いていたけれど、なつに向けて言ったつもりだ。蛍にも当てはまることは把握漏れしていたが。
自分のことを言われたかと思って、蛍が意表を突かれたかのような――目を大きく見開いて驚いた風な顔をしているが、いまさら二股を肯定する気にもなれない。
そこだけは蛍を否定しておく。……あたし、純愛ものが好きなのよ。
「……まあ。そういうことなので、蛍をよろしくね、なつ。送り狼にならないと良いのだけれど、なつのことだからたぶん大丈夫よね。万が一の場合は弐宮くんを人質にすればいいし」
「ゆーじを人質はずるいよっ! せっかく、ふたりきりになるんだから洗いざらい吐かせるのが尋問ってやつじゃないの? ……あ、いまの吐かせるっていうのは、おげぼのことじゃないよ?」
「ふ。嘔吐物にまみれたいのなら、いつでも三沢なつの顔面にぶっかけてもいいけどね。三沢なつアレルギーの持ち主だから、たぶん指突っ込んだら一瞬でイケるよ?」
正直なところ、そろそろ蛍の体調が心配になるので、もう吐かないでほしいけれど。大切に想っている子がマーライオンになっているのを見るのは、切なくてたまらない。
というか、屋上であれだけぶちまけておいて、まだ吐くものがあることに驚きを禁じ得ない。少食じゃなかったっけ。1年前の彼は、確かそんな感じだった気がする。
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