第7話

「……何をしに来たの、三沢なつ」


 あ。蛍が二取くんモードに戻っちゃったわ。しかも、なつを睨んでいる。まるで裏返ったセミを見るような、冷たくて尖った眼差しで。


「あれ。さっきまでの、ゆきに激アマなほたるちゃんはどこに?」


「弐宮雄二に永久発情しているアホに、そんな呼び方されたくないんだけど。友だちって訳じゃないんだし、ふつうに二取って呼んでよ。プリン買ってあげるからさ」


「わーい。プリンは遠慮なく貰うけど、わたしたちって確か、友だちよりも上の関係だったよね。まだ時効じゃなかったはずだよ、ほたるちゃん。二股はダメだよっ?」


「二股……? 蛍、どういうこと? 詳しく説明してほしいわね……?」


 あたしが蓄積してきた長年の、蛍に対しての想いはホンモノだ。それこそ、なつが弐宮くんを想っているように、恋愛的な感情として、ずっと好きだった。


 それがいま、まるまんま、怒りとして反転しそうになっている。既に裏切られていたのか、あたしは。この無垢な微笑みに。やさしく寄り添っていただけに、虚しくなる。


「ち、違うってば、ゆき! 三沢なつとはそういう関係でも何でもないんだよっ! 友だちですらないから安心して! ただ、口約束で恋人って関係にでもなっておけば、三沢なつの報われない気持ちも少しは紛れるかなって思っただけで!」


「え……? なにそのやさしさ……裏でそんなこと考えていたの? ほたるちゃんって、もしかして口下手なだけで、ほんとは天使なの? さんざんセッ……ええと、えっちなこととか連呼していたのが嘘みたいだよぅ」


「ボ、ボクがゆき以外にやさしいはずないでしょ。その証拠に、裏では三沢なつをいかに堕とせるか考えていたよ。ちょっとやさしくしたら堕ちるだろうなあ、とかね」


「あの蛍が下ネタ連呼……思春期? のほほんとしていた蛍の面影が、中学時代の淡い記憶が、塗りつぶされていくのを感じるわ。これがいわゆる、NTRかしら」


 あたしの知らない蛍を、なつは知っている。それってなんだか、背徳感がある。もちろん、どんな事情があれど、蛍が二股をしていたというのなら絶対に許さないし、手持無沙汰なこの両手も、無理やり蛍のおっぱいに戻すことも検討しちゃう。


 大義名分を得たので、揉み放題だ――脅迫に近いやり方だけれど、あたしの恐ろしさを蛍のカラダに刻み込むのも悪くない。新しい別のトラウマを植え付けちゃうかもだけれど。


「……まあ、二股とNTRの件はこの際いいわ。あたしも、ずいぶん前になつの前で弐宮くんとキスしてやろうか、悩んだことがあるし。お互いさまってことで、これで手打ちにしましょう」


「なにその新事実。私の知らないところで、ゆきは穢されようとしていたの?」


「なんでゆーじを加害者っぽく言うの! ひどいよ、ほたるちゃん! その件に関しては全面的にわたしが悪いから、これ以上掘り返すのは禁止でお願いね!」


 実はほんとにブチュッとやってしまおうかとも思ったが、自分に誠実でいたかったのと、あたしの前から居なくなってしまった蛍のことを想うと、なつの反応を楽しむためだけにそんなことをするというのは、とてもできなかった。尻軽じゃないしね。

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