第5話

「……あら。男女の浅い戯れが聞こえてくると思ったら、あなたたちだったの」


「鉢合わせてそれはひどいよぅ、ゆき」


 昔話であれこれ言い合っていたら、五反田さんとばったり出くわした。この周辺に二取くんは居ないらしい。どうやら、一緒じゃないみたいだ。安堵のため息を吐く。


 彼がこの場に居たら、「ボクの彼女に付きまとわないでくれるかな?」云々と言われるかもしれなかったので、セーフ。幸いなことに、なつが二股していることや、僕が間男的な立ち位置に腰を下ろしていることさえも、まだ露呈していない。


「それより、おなかの調子は大丈夫なの? ふたりして飛び出していったけど」


「そのことなのだけれど。ふたりに折り入って相談があるの。あたしたちを助けると思って、ちょっとだけおカネ貸してくれない? あいにく諭吉しか持ってなくって」


「所持金マウントの上にカツアゲってマジ……? 駅前のティッシュ配りと同じくらい悪質だよぅ。ああいうのってもはや、ティッシュ押し付けだもん」


 などと、愚痴みたいにねちっこく言いながらも、なつは手のひらにころん、と100円玉を転がし、そのまま五反田さんへと渡す。


「ジュース買うの? 33072倍にして返してくれるんなら、いーよ?」


「交換条件がちょっとした年収ってどういうこと? ……まあ、ありがとう、なつ。あと20円足りないけれどね。いまのご時世、ワンコインでジュースなんて買えないわよ。舐めているのかしら、現代社会の技術の塊である自販機とあたしを」


「おカネ借りておいて文句言うなんて、肝が据わり過ぎだよぅ……そんな図々しいマネ、少なくともわたしにはできないかな。そういう意味では、ゆきを褒めたいよね」


「じゃあ、僕が残りを出すよ。困ったときはお互いさまだから」


 財布から銅貨を2枚取り出し、なつと同じように五反田さんへ手渡す。ぱあ、と花が咲いたみたいに明るい笑顔を見せてくれた。普段の五反田さんからは想像もつかない無垢な表情だ。


「ありがとう、弐宮くん。ついでになつも。恩に着るわ」


「えー。わたしがいちばん出したのに、ついでなの……」


 しょぼんとするなつを尻目に、五反田さんはそのままの笑顔で手のひらをぱたぱたとさせ、来た道を引き返していった。急いでいるっぽいのに走らないなんてクールだなあ――なんて思いながら、彼女の背中を見送る。


「行っちゃったね。わたしたちものど乾いたし、飲みもの買いに行こっか」


「そうだね。オレンジジュースでいい?」


「勝手に決めないでよ。ジュースなんて飲んじゃったら、口のなかずっと酸っぱいじゃん! お茶系は苦みが残るし、炭酸系にしたいよぅ」


「あれ、なつって炭酸飲めたっけ?」


「もうなんでも飲めるよ! 子どもじゃないんだからっ! ビールもちょっとなら……」


「高校の自販機に売っている訳ないでしょ。そもそも、未成年飲酒はご法度だよ」


「そういうところがマジメだって言っているんだよ、ゆーじ。少しはルールに寛容でいないと、イレギュラーな事態になっちゃったときにフレキシブルな対応ができなくなっちゃうよぅ? マニュアル対応しかできない公務員みたいに」


 ジュースの話……だったよね。どこからそうなったっけ。まあ、いいや。

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