第3話

「二取くん――えっと、二取さん……って呼んだらいいの? 二取さんって、体育のときどうしていたの?」


「……あー。思い返してみれば、個人競技以外は参加していなかった気がするなあ。基本的に体調が悪いってことで見学していたり、そもそも場に居なかったり、な」


 普段以上に騒がしい教室は、ほとんどが二取くんの話題で埋め尽くされていた。まあ、性の話に興味が尽きない彼らの餌になってしまうのは、考えなくても分かる。


 とはいえ、クラス全体を俯瞰している僕ですら、二取くんが女の子だったということに、少なからず動揺していた。彼とは同性の友だちとして仲良くなれそうだったから。なつを奪い合う者同士で。――なんて、二取くんの前では言えそうにないな。


「そういえば、二取は身体検査のときとかはどうしていたんだろうな? 男子として参加していたのか? それとも、女子? なあ、お前は見たことあるのか、二取を」


「さあ? 少なくとも、うちは見たことないけど。さすがに男子としての参加はないでしょ。あんなドデカおっぱい、すぐバレるだろうし。……で、バレたときは性欲ファンキーどもに襲われまくって、ぺらっぺらな同人誌みたいな展開に――!」


「遠くから見ていたけど、あの大きさはやべえよな。よくいままで隠してきたよ。こんな暑い季節に真面目ぶってブレザー着ているかと思えば、爆乳隠しかーいってな!」


 ああ、なんてくだらないんだ。――清々しいほどに冷静な自分にびっくりする。僕は、どちらかと云えば、二取くんとは敵対していたはずだ。主になつとの仲で。


 なのに、先ほどから僕はの境遇に、少しだけでも寄り添っているかのような評価しか下していない。まるで偽善者だ。募金箱にお釣りを突っ込むみたいに、粗雑な感情で適当に愛そうとしている。真摯ではないな。自分で考えて悲しくなる。


「……ねえ、雄二。ちょっと話さない?」


「なつ。ちょうど良かった。僕もこんなところ、早く抜け出したかったんだ」


 言いながら、教室の外を親指で差すなつ。ナイスタイミング。呼吸するのも嫌だったときに上質な酸素を取り込めるとは。きっと、彼女も僕と同じだったに違いない。


 廊下に出て、教室の引き戸をがらがらがら、と閉める。下世話な騒音がぴしゃりとシャットアウトされ、どことなく身体が軽くなった気分になった。


「……ふう。みんな、二取さんがどうのこうのって煩かったんだよね、ショージキ」


「なんなんだろうね、あれ。新しいおもちゃを取り合う子どもみたいな……。なんというか、居心地が悪かったよ。だから、なつが誘ってきてくれたとき、嬉しかった」


「真面目なトーンでそう言われると、照れちゃうなあ。ますます惚れちゃうよぅ」


 あはは。愛想笑いで受け流す。可愛いなあ、なつは。まっすぐに気持ちを伝えてくるところがもうキュート。ここがふたりきりの狭い空間だったら、もしかしたら僕もハグの獣になっていたかもしれない。ただの廊下だったから理性が勝ったけど。

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