第2話

「……はい。ホームルームを始めます。日直のヒト、号令お願いね」


 チャイムが鳴って、担任の七草先生が教室に入ってきた。艶やかな黒髪を後ろでひとつにまとめたハーフアップが、いっそう彼女の上品さを高めている、気がする。


 七草先生の掛け声で、日直が起立、礼、着席の号令を始めた。つくづく悪しき文化だな、と思う。なにより、いちいち授業の前後に立ち、それから座るだけの時間がほんとに無駄。きっとその時間を総合すれば、購買で列をなさずにパンが買える。


 僕だけでなく、クラスのみんなは殆どがめんどくさそうにこなしていた。欠伸をしながら適当に椅子を引く。――なんて、くだらないこと考えているんだ、僕は。


「はい。出席を取る前に、ひとつ連絡しておこうと思います。みんなも知っていると思うけど、今月の半ばくらいに臨海学校があるので、あらかじめ班のメンバーを決めておいてね。今回は男女混合で6人の、合計5班でお願いします」


「みおちゃんせんせー。男女混合って必ず男子と女子のどちらかが含まれていないとダメなんですか~?」


「こら。みおちゃんじゃなくて、七草先生ね。課外授業だから普段とは違った非日常感も楽しんでほしいし、そういった組み合わせがいいんじゃないかと思ったのだけど、みんなはやっぱり普段仲良くしている子としか盛り上がりたくない?」


「そういう風に言われると返答に困りますけど……別に嫌ってことではないです」


「一緒に寝泊まりするって訳ではさすがになくて、あくまでレクリエーションとかが同じだけだから大丈夫よ。これを機に異性慣れしておくのも、ひとつの手よ?」


 ほっ、と胸をなでおろす。さすがに、男女同じ部屋はまずい。小学生同士ならまだしも、僕らは高校生だ。知識があるぶん、間違いが起きやすい。知らんけど。


「……さてと。ほかに何か質問があれば答えるけど、何かあるヒトは居る?」


「じゃあ、はい。みおちゃんせんせー、いっこいいですか?」


 クラスの女子だ。正直に言うと、名前は覚えていない。


「だから公私混同は……まあ、いいわ。なに?」


「えっと。二取さんのことなんですけど……」


「二取くん? 確か五反田さんと一緒に保健室へ行ったって聞いたわ。大丈夫かしら……心配ね」


「それはそうですけど。あの、そういうことではなくてですね……その。二取さんって女の子なんですか?」


 誰もが触れないようにしていた禁忌の話題に、明るいムードが漂っていた教室じゅうが――しん、と静まる。時計の針の音が喧しく感じるほどに。


「……それは、いつ知ったの?」


「つまり、七草先生はそのことを知っていたんですね。知っていて、黙認していたんですか? どうして?」


 他人のパーソナルな部分にずけずけと入り込む……まるで悪質な記者だ。自分勝手な知的好奇心を堂々と正義のように主張しているところがまた、いやらしい。


「本人に口止めされていたのもあるし、こういうことは大っぴらにすることではないと思うの。そういった事情を詮索しないでもらえると、彼も嬉しいはずよ」


 さて、と話を強引に切り上げ、七草先生は出席簿をとんとん、と机の上で叩いて整頓する。それから思い出したようにしてぴら、ぴら、とそれをめくっていく。


「……こほん。とにかく、臨海学校の班のことは伝えたからね。30人クラスだからないと思うけど、誰か特定のヒトを仲間外れにしたりだとか、そういう薄ら寒いことするのはやめてね。もう高校生なんだから」


 クラス全員が「「はーい」」もれなく間延びした返事で答える。

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