鎖の涙が癒えてない(1/2)
第1話
「二取くんと五反田さん……いつ帰ってくるんだろ。もう授業、始まっちゃうよ」
「オレがあんなことしなければ……。ああ、タイムスリップしてえよお。ごめんな、二取ぃ! 悪気はなかったんだよ。そんなつもりじゃなかったんだ……うあああぁ」
「パッションが凄いや……男泣きって初めて間近で見たけど、すっごくむさ苦しいんだね。この場がサウナになったみたいに暑苦しいよぅ」
取り残された僕らは、二取くんが抱えていたものを思い思いに受け止めていた。なかには彼――彼女に不誠実な感情をぶつけていたヒトも居たが、僕はそれを迷いなく意識の端っこに追いやった。きっと、二取くんにも深い事情があるんだろう。
「二取くんが二取さんだったってことは……え? わたし、瞬間的とはいえ女の子と付き合っていたの? 二取くん……まあ、女の子みたいな綺麗な顔していたもんね。お口は悪かったけど。雄二が初恋相手じゃなかったら、なびいていたかも」
「なつは短い間にいろんなヒトと付き合っているよね。遊び人の末裔なの?」
「え? わたし、そんなにとっかえひっかえした覚えないよ……?」
「いやいや。忘れたとは言わせないよ、なつ。ドッキリとか何とかで賢一とそういう関係になっていたでしょ。幼気な少年をからかうような真似ばっかりしてるじゃん」
あのときのできごとはたぶん、記憶喪失になっても覚えているだろう。それくらい、衝撃的だったから。なつの小悪魔な部分を垣間見たあの頃、僕はひどく傷ついた。なつへの恋心を自覚していなかったおかげで、ダメージこそ少なかったが。
最愛の幼なじみってだけで、特別なバイアスが掛かっていたのかもしれない。普通なら絶縁ものだった、たぶん。僕の気が短かったら、暴力沙汰になっていたかも。
――いや、付き合ってもいないのに、なつの矢印の矛先を曲げると言うのが非常に良くない。「幼なじみで、長年にわたって大切な関係だった」というのは驕りでしかない。けっきょくのところ、それは僕目線での主観的な話に過ぎないから……。
「あっ、そのことかあ。懐かしいねっ! あれは雄二が教室を覗いているのが見えちゃったから魔が差しちゃっただけだよ。賢一くんも快く相手役を演じてくれたんだし、良くないとしたら賢一くんもじゃないの? わたしだけの十字架じゃないよぅ」
「さすが二股最低オンナ……! 悪いことをしたという自覚がないし、そこから上手く責任逃れしたがっている感じに見えるよ。狼が確定した偽占い師みたい」
「うん……? もしかして、雄二ってわたしをどうしてもビッチにしたい?」
「ビッチだなんてとんでもない。むしろ、褒めているんだよ」
「えへへ。そうかな? わたしも、初めてにしては上手くいったほうだと思う!」
「……調子に乗らない。これがお昼のドラマで流れていたらと思うと、ぞくっとするよ。なつへの誹謗中傷で掲示板が荒れるんだからね。人生終了もあるんだよ?」
まあ、そこは惚れたほうが負け、というやつだ。それに、なつが画策した『ちょっとしたどっきり』の件についてはもう時効を迎えている。話を成立させるために引き合いに出したとはいえ、いまさら掘り返すことではなかったな、と反省する。
なぜなら、裏切ったという意味では、僕も同罪みたいなものだから。――僕の場合はどっきりでもなく、見せかけでもなく、覆りようのない純粋な裏切りなのだけど。
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