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 あの日、わたしと雄二は深く結ばれた。それがたまらなく嬉しくて、忘れられない時間を過ごした。ずっと胸の奥があったかくって、満たされていた。これが幸せなのだと噛み締めていた。


 ――あのときまでは。




   *




「おはよう、三沢なつ。だいぶ顔が綻んでいたみたいだけど、楽しい夢でも見ていたのかな?」


 目を見開いて驚く。枕元に立っていたのは、わたしが望んでいた通りの人物ではなかった。二取くん――先日まであまり接点のなかった、クラスメイトの男の子。


「な……なんで、あなたが居るの。ここ、わたしの家だよ。不法侵入?」


「ある意味、そうかもね。ここはきみのセカイであり、ボクの物語でもある。でもね……主人公はきみじゃない。きみが主人公のセカイは、とうに結末を迎えた」


「どういうこと? 何を言っているのか、まったく分からない」


 言っていることがめちゃくちゃだ。抽象的なことばかりで、概要を説明してくれない。まるでプロローグとエピローグ以外が抜けた希薄な物語だ。理解できない。


 彼がここに居る理由、いろんなことを聞きだしたかったけど、まるで話が通じない。先ほどとは関係のないことを、二取くんはまた口を開いて話し始める。


「ボクなりに、考えてみたんだよ。どうやったら、きみを愛せるのか。弐宮雄二に簡単に捨てられて絶望してしまったきみを――2番目以下のきみを救える方法をね」


「捨てられた……? あなたはほんとに何を言っているの。そんな訳……」


 ……ないでしょ、と言おうとして、言葉が詰まる。声が出なかった。誰かに喉を押さえられている異物感がある。なに、これ? うまく喋れない。


「だから言ったでしょ。これはボクが主人公の物語だ。きみはただのおもちゃだよ」


 気が付くと、わたしは床に転がっていた。目まぐるしく巡っていく非日常に意識が追いつかない。雄二と結ばれて、幸せな未来を歩んでいくはずだったじゃないか。


「……あ」


 色褪せたオレンジ色の景色に、雄二と女の子がふたりで見つめ合っている。それを透明なわたしが俯瞰していた。雄二は分かるけど、あの子は……だれ?


 顔の表情は影が差していてよく見えない。見たくもないけど、気になる。わたしの場所を奪った女の子。いったいどういう顔をしているのか。怒りが込み上げる。


『あのさ。私はあんたのこと、好き……だよ? それが、キスをするって理由にはなり得ないの? 好きなヒトとキスをするのは普通じゃないの?』


 何を言っているの、この女。わたしの雄二に色目使わないでよ。怒りを振りかざしても、透明な拳は彼女をすり抜けるだけで、わたしの悲しみはどこにも行ってくれない。


「……あれ?」


「どうしたの、三沢なつ。悲しいことでもあったの?」


「え? 悲しいこと?」


「だって、きみ。泣いているんだよ。自分の感情に鈍感なのかい?」


 言われて気付く。頬が冷たくて拭ってみると、仄かに濡れていた。それからわたしは、自分が涙を流していることを深く自覚する。……だから霞んでしまったんだ。


『よ、よつばさん……?』


『……シちゃった、キス。これが、キス、なんだ……?』


 うるんだ瞳が教えてくれた。夕暮れの残酷な温かさが主張してくる小さな空間に、重なり合ったふたつの影があった。ひとつはわたしが好きな男の子――雄二のもの。もうひとつは、かなたのもの。わたしのいちばんの親友で、理解者でもあった。


「……そうだ。わたし、報われなかったんだ」


 やけに冷静な自分に驚く。初恋を失ったわたしに、なんの価値があるんだ。


「思い出した? けっきょくのところ、きみは報われなかったんだ。きみの初恋は実らなかった。誰よりも先に好きだったのに、伝える前に終わったんだよ。……三沢なつ。きみはボクと同じなんだ。どうしようもなく、愛されない存在なんだよ」


 二取くんの言葉がやけに胸の奥に響く。――わたしは誰からも愛されない。2番目だから。それ以下の存在だから。報われなかったから。わたしが、弱かったから。

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