昔話改悪シリーズ「ゆきの恩返し」⑤

「……あら? 覗くなって言ったのに。見ちゃったのね、おふたりさん」


 バレるの、はや。光の速さで見つかっちゃったよ。ほんの少しの隙間なのに、一瞬で気付いたな。空間把握能力が凄い。言い訳を考える余裕もなく、素直に口を開く。


「その言い方だと、気になって覗きたくなっちゃうよ。カリギュラ効果ってやつ?」


「趣味が悪いわね……せっかく、これであなたたちを影から支えようと思ったのに」


「気持ちはありがたいんだけど、受け取れないよ。……でも、とりあえず援助交際じゃなくてよかった。てっきり僕らは、きみが身体を売っているんだと思っていたよ」


 部屋のなかには嬉々とした表情の女子高校生と、それから綺麗に横並びになった男たちが正座していた。なぜかいずれも、上半身裸のパンツ一丁で。


 なんとも奇妙な光景だが、さらに混沌としたスパイスが盛り込まれる。


 ――ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。


「あたしがいま、シているのはね……言ってみれば、援助交際に近いものなのかもしれないわね。身体を張っているという意味では、ほとんどそれだし」


 言いながら、彼女は男たちの頬っぺたを次々にビンタしていく。手のひらが当たる度に、パンッ、と良い音がする。爽快レベルで言うと鹿威しと、どっこいどっこい。


「フリーランスって言うのかしらね、こういうの。とにかく、あたしがいまシているのは、目覚まし屋さんといったところかしら。ビンタをしてお金をもらうお仕事よ」


「聞いたことないよ、そんなフリーランス。多様性のある社会になりつつあるとはいえ、ちょっと自分を犠牲にし過ぎていないかな。僕はきみが心配だよ」


「その点は心配ないわ。あたし、ビンタ以外のサービスはシていないから。あたしを求めるヒトはもれなく被虐性欲にまみれているから、襲われる心配もないって訳」


「仮に襲われたとしても、わたしたちが居るから最悪大丈夫ってこと? 危険すぎるよ、そんなビジネス……できればいますぐにでもやめてほしいけど」


 確かに。稼げるからと言って無理はしてほしくないなとは思う。それがたとえ、見ず知らずの他人であっても。――ぱん、ぱん、ぱぱん、ぱぱん。


「やめるのは、おそらく無理ね。あなたたちの希望でもね。目覚まし屋さんは、言ってみればあたしのアイデンティティであり、レゾンデートルだから」


 そのあいだにも、彼女は整列した男たちにビンタを打ち込んでいく。リズミカルに鳴る軽快な音に、生々しい雄の声が木霊する。……不健全なリ〇ム天国かよ。


「あなたたちも一発どう? 6割オフでサービスするけれど」


「遠慮しておきます。そちらの領域には踏み込みたくないので」


「そう、目が覚めるって評判なのに。残念ね」


「新しい別の性癖に目覚めるという意味では?」


 制服を着た女子高校生にビンタされるという事象すら、日常で経験したヒトなんて殆ど居ないだろうから、それで怖いもの見たさに経験してみたい輩が多いんじゃなかろうか。――ああ、ビンタビジネスのことを冷静に考えられる自分が恐ろしい。


 ――ばん。


 やけに鈍い音のビンタだと思ったら、違った。音の発生源が明らかに遠く、そして聞き覚えのない足音とともに近づいてくる。


「やっと見つけましたよ、ゆきお嬢さま! その卑猥なビジネスから手を引いてください! 五反田の名が穢れます!」


「……ようやく来たわね、廿六木さん。待ちくたびれたわ。それで、父上は?」


 音の主がドアを破ったと思ったら、女子高校生の手を引き、そして話しながらどこかへと行ってしまった。「……タキシード? 執事さん? イケメンじゃん」


 まさか執事のような、別次元の存在が乗り込んでくるとは思っていなかったので、クエスチョンマークを浮かべながら、残された僕らはポカンと呆気に取られていた。

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