昔話改悪シリーズ「ゆきの恩返し」④

 そして、しばらくすると何事もなかったかのように、部屋から女子高校生と男たちが出てきた。目を大きく見開いて驚くなつの顔が新鮮だった。


「……ええと。ひとまず、今回はこれだけ稼いだわ」


「稼いだ? 10分くらいでこの額を? ……バーチャルアイドルの生配信じゃん」


 女子高校生が手に持っている大量の紙幣に再び驚く。一般的な女子高校生が手にしていい額じゃないことだけは分かる。なんというか、犯罪の匂いがぷんぷんする。


「とりあえず、あなたたちにはお世話になるから……8割でいいかしら?」


「えっ、そんなに!? ありがとう……?」


「じゃあ、あたし。次の男たちを探してくるわね」


 言って、女子高校生は外へと出て行った。その足で自宅へと赴いてほしいが、たぶんあの口振りからして、また帰ってくるんだろうな。知らない男集団とともに。


「……え。泊めてもらっている家でフツー、そんなことする?」


「やっぱり家出JKって、現実でもそういうやつなんだね。使を分かっていらっしゃる……」


 なつとふたりで呆然と立ち尽くす。受け取ってしまった紙幣の塊を見つめる。汚い金じゃないよな? 怖くなったので、適当にその辺に置いておく。


「なつ、手を繋いでいてもいい? なんか、ひとりだと怖くて」


「えへへ。良いよ。ゆーじが甘えてくるのって初めてに近いんじゃない?」


 ああ、良かった。なつが受け入れてくれて。心細くて発狂してしまうところだった。いつから平凡な日常がホラーテイストを帯びるようになったのか。


「ねえ、ゆーじ。あの子が何をしているのか、気にならない?」


「いや。でも覗くなって釘を刺されたから、どうなんだろ……」


「部屋主なんだから、丸め込まれたらダメじゃない? そういう弱さがあの子を野放しにしちゃっているんだよぅ、きっとね。言っておくけど、未成年淫行も犯罪だからね? それを容認しているこちらも、当事者と同じくらい悪いよ」


 なつのおかげで目が覚めた。そうだ、僕は立ち向かわないといけない。目先の問題に。ひいては、家出している女子高校生に。話の通じない相手ではないはずなので、誠意をもって話し合えば、分かり合える――そんな気がする。


「あ。噂をすれば……帰ってきたみたいだよ、ゆ……あの子」


「あら。まだそんなところに居たの。またお客さんが来たけれど、部屋を覗かないでね。できるだけすぐに終わらせるから」


「う、うん。ごゆっくり……?」


 今度は倍の人数の男を連れてきた。そんなに短時間で相手できるものなのか? 男たちは軽く会釈し、そして女子高校生とともにあの部屋へと消えていった。


「よし。音が聞こえてきたら、覗くよ。十中八九、援助交際だと思うけど念のため、ね。加害者という名の不条理サイドに身を置きたくないからね、わたし」


「心の準備が……。すう、はあ……よし。僕も覚悟は決まった。いつでも覗けるよ」


 自分たちの家だというのに、妙に緊迫としたムードが漂っている。さながら立てこもり犯が居る部屋への強行突入みたいな、シリアスな空気が肺のなかを重く満たす。


 ――ぱん、ぱん、ぱん。


「あっ、聞こえてきたよ。お肉とお肉がぶつかる、あの音がっ」


「……来てしまったか、このときが。なつ……扉を開ける用意はいい?」


 神妙な表情で、こくりと頷くなつ。僕も大丈夫だ。オーケー。それじゃあ、隙間を作ろう。引き戸をスッと、音を立てないよう慎重に開ける。なつと僕の目が向こう側から見えないように努めて。


 ――ぱんぱんぱんぱん。


「ゆ、ゆーじ。こ、これ……」


「うん、すごい光景だ。もはや芸術性すら感じるよ」


 覗いてはいけないと言われていただけに、期待値が昂っていたのもある。間違いなく、この光景に辿り着くまでは、ある種のカリギュラ効果が働いていた。


 仮に援助交際だとして、できれば僕は見たくなかった。なつの無垢な部分を壊してしまうかもしれなかったから。……でも、まあ。それが杞憂で済んでよかったのは何より喜ばしいことなんだろうけど。――なんというか、美しさすらあった。

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