昔話改悪シリーズ「ゆきの恩返し」③

「こんなにしてくれるとは思わなかったよ。こんな娘が家に居たら嬉しいよね。雇ってしまいたくなるよ。なつは料理がその……あまり得意なほうではないから」


「……え? いま、ちゃっかりわたしにケンカ売った?」


 女子高校生の奉仕精神に感銘を受け、つい口が滑ってしまった。ファイティングポーズをとるなつを視界から外し、そのままスクランブルエッグをパクッと頬張る。


「……あの。あたし、この家にしばらく居てもいいかしら」


 唐突に、神妙そうな面構えで尋ねてくる女子高校生の姿にハッとして、なつと顔を見合わせる。意図して、昨日まで彼女の家出事情は深く追及していなかった。


 だからこそ余計に勘繰っていたところはある。女子高校生を守ってあげたい気持ちはもちろんあるが、世間一般的には煙たい目で見られがちなのだ。


「そりゃあ、あなたが良いならそれでもいいけど。でも親御さんが心配するだろうから、最終的な判断はあなたに任せることになるよ。親御さんに連絡はしてね」


「それはちょっと……ごめんなさい。足がつくから連絡手段は持ってきていないの」


 なんてこった。家出計画が徹底し過ぎている。朝ごはんのクオリティが高いのもそうだし……ほんとにこのヒト、ただの女子高校生なのか。つい、猜疑心が生まれる。


「んー。まあ、僕らも犯罪者にはなりたくないから、何日も匿うってことはできないけどさ。テレビとかで、きみが行方不明扱いにでもされたら帰ってもらうよ」


「あ……ありがとうございます。そのくらいなら、あたしも大丈夫です」


 特に未成年の誘拐は、ここ数年で、だいぶキャッチーな犯罪になったはずだ。なつが昨日言ったように、卑猥なバナー広告でもそういった類の創作物が頻出する時代にもなったし、男女の巡り合い方にも、見境がなくなったのかな。……知らんけど。


 それに、お互いに身体を求め合う気がなくとも、法律や世間が黙っちゃいない。加害者――とされる立場のほうには、例外なく制裁がやってくるので、リスクが高い。


 やさしさを見せたが最後、衆人環視に顔や実名、その他諸々をさらされ、笑いものにされる未来が間違いなくやってくる。不条理に犯され、死んでいく。


 それに耐えられる自信がないから、期間を設けた。女子高校生には悪いが、自分たちの生活のほうが尊いし、よほど大切だ。なつと同棲してまだ日も浅いし。




   *




「……ふう。終わった~!」


 家での仕事を終え、背伸びをする。今日はこのくらいで良いだろう。自室を飛び出し、リビングへと向かう。良い時間だし、きっとなつも来ているはずだ。


「あ。どうも」


「……そのヒトたちは?」


 ――嬉々としてドアを開けると、リビングにはあの女子高校生と、それから知らない男たちが数人待ち構えていた。ちょうど部屋を出るところのようだ。


「えっと、その。まあ、これから部屋のなかを覗かないでもらえると嬉しいわ」


 あれ、ここ……僕の家だよね。なんで見ず知らずの他人が、これまた見ず知らずの他人を複数も家に上げているんだ。僕のなかの常識が音を立てて崩れていく。


 客室にしている部屋に、女子高校生とその男たちが消えていった。それから程なくして、リズミカルな音が断続性を保って聞こえてくる。――ぱんぱんぱんぱん。


「……ゆーじ? これ、なんの音?」


「なつ。ちょうどいいところに。ちょっと一緒に居てもらっていい? 僕、怖いんだ。モラルが著しく低下した異世界にでも転移されたかのような不安があるんだ」


「どういうこと? ……っていうか、ゆ――あの子はどこに居るの?」


 沈黙したまま、あの部屋を指差す。なんでかは明白だが、唇が震えている。何かを喋るとビブラートが掛かってしまいそうなほどに。心なしか、手もぷるぷるだった。

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