昔話改悪シリーズ「ゆきの恩返し」②

「ん~! んん……? いい匂いがする……?」


 背伸びをして、ベッドから起き上がる。深呼吸をしようとして、リビングから漂ってくる香ばしさに、大きなクエスチョンマークが浮かぶ。――まあ、いいや。


 とにかく、カーテンをサッと開ける。すっかり雨が上がって、窓の外から見える景色は雨粒模様で自然加工されていた。おしゃれな朝。水たまりに反射する世界は、二次元的な美しさがあって綺麗だった。


「なつは……寝ているよな。隣に居るし」


 ごはんを作って、それから寝たのか? いや、その可能性はなつの性格的に考えられない。朝の支度をしたら僕にちょっかいを掛けたり、呼びに来たりするから。


「ふわあ……。あ、ゆーじ、おはよ。珍しいね、ゆーじがごはん作るなんて」


「おはよう、なつ。僕が作ったんじゃないよ。なつが作ったんじゃないの?」


「え? 何を言っているの。いま起きたばっかだよ。夢遊病じゃあるまいし」


 なつからもらった欠伸をひとつしたあと、ふたり揃ってリビングへと向かう。起きたら自動的に料理が作られる未来に飛ばされてしまったのだろうか。


 ――なんて、頓珍漢なことを考えていると、


「あ。おはようございます。昨日のお礼にと思って、ごはん作っておきました。冷蔵庫、勝手に漁ってごめんなさい」


「昨日の女子高校生……! 朝起きるの早いんだね。よく眠れた?」


 そういえば、昨日は女子高校生を家に泊めていたんだっけ。すっかり忘れていた。制服ではなく、なつの私服を着ていたから、一瞬だけ不審者説を疑ってしまったが。


 ベーコンの香ばしい匂いのするリビングで、彼女はエプロン姿で出迎えてくれた。朝から良いものを見せてもらった。変な意味じゃなくて。新鮮な朝だった。


「ええ。布団で眠るのは中学の修学旅行以来だけれど、快眠だったわ。お陰さまで助かりました。……ところで、ふたりはごはんとパンなら、どっち派かしら?」


「わりと適当だよ、その辺は。特に拘りはないかな」


「そう、良かったわ。勝手に冷蔵庫のものを使った手前、食べる前から拒絶されないかと、ひやひやしていたの」


「そんなことしないよぅ。昭和のちゃぶ台返しおじさんじゃないんだからっ」


 テーブルには見たこともないモーニングの数々。きっと、なつがこれだけの量を拵えてくれることはないんだろうな、とは思う。ふたりぶんなら残しちゃうだろうし。


「美味しそう……食べてもいい?」


「ええ、どうぞ。さっき作り終えたばかりなので」


 3人で食卓を囲み、そのまま朝ご飯の時間を迎える。ほんとに美味しそうな匂いだ。これで味が最悪ということはないだろう。そのタイプの萌えは要らない。


「あむっ……ん~♪ おいし~! このハムエッグ!」


「なんだか、ホテルのバイキングみたいだね。よりどりみどりで何から手を付けていいのか分からなくなるよ……!」


「うふふ。気に入ってもらえて、あたしも鼻が高いわね。まだいっぱいあるからお腹いっぱいになるまで、たらふく召し上がってちょうだい」


 なつの無垢な笑顔が、料理の美味しさを物語っている。可愛い。僕も負けじとベーコンを口へと運ぶ。口腔内に入れたとたん、ベーコンの脂がジュワッと広がる。丁寧に焼かれたのか、焦げている部分こそ絶妙な苦味を演出していて、たまらない。


 近頃の女子高校生はベーコンの焼き加減までも神掛かっているのか。家庭科の必修か? だとして、彼女の通っている高校は素晴らしい。匿名の電話で褒めちぎりたいところだが、いまは朝ご飯に集中したい。


「……っていうか、いま気付いたけど。もしかして、家のなかも掃除してくれた?」


「ええ。時間を持て余していたので、やれるだけのことはやっておきました」


 ほ、ほんとだ。よく見たら、家じゅうがぴっかぴかになっている。何でもするとは言っていたけど、ここまで自発的に奉仕してくれるなんてすごいな。ひと晩泊めてあげただけなのに、なんだかこっちのほうが至れり尽くせりになってしまっている。

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