もしも雄二の言動が二取そのものだったら⑥

「なーんだ。じゃあ、なつが壱河君に寝取られた訳じゃないのね。ちょっと残念だわ。身近なところで昼ドラよろしくのどろっどろ愛憎劇が見られると思ったのに」


「ゴシップ厨の期待に応えられなくてごめんな。真実は単純なもので、オレがケガした指を三沢が善意で咥えてくれたってだけだ。それ以上でもそれ以下でもないぜ」


 昨日の放課後、ボクが見た光景は穿った角度で傾いていたらしい。三沢なつと壱河賢一が乳繰り合っていたのではなく、正しくは善意に全振りした医療行為だった。


 真実に導かれたとたん、寒気がぞっと走った。――あれ。じゃあ、ボクは。


 三沢なつがシた行為を卑しいことだと決めつけ、一方的に囃し立て、名誉ごと貶めた。――なんだ、これ。サイテーじゃないか。挙句の果てに痴女扱いまでした。


「な、なつ……ごめん。賢一にも、だいぶひどいことを言っちゃったね」


「あー。まあ、気にすんなよ。ちょっと行き違っただけだ。オレも妹とはよく言い合いになったりするから。雄二とそういうことになったのは何気に初めてだな」


「ちなみに、わたしは傷ついたよぅ。最初はなんで雄二が怒っているのか、分からなかったしっ! 賢一くんに教えてもらって、初めてその可能性に気付いたからね?」


 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あれだけ憎たらしかったなつの涙目が、いまでは庇護欲を掻き立ててくる。なんなんだよ、この可愛らしい生きものは。


「てか、賢一。なにその汚いばんそうこう……早く取り替えなよ。腐臭がする」


「取り替えようとは思ったんだが、昨日はあいにくゲーム三昧と言ったところで、ゲーム以外のことをやる余裕がぜんぜんなかったんだよ。それに、これ……可愛いし」


「このヒト、わたしが昨日付けてあげたばんそうこう、まだ貼ってあるんだよ!? おかしくない? フツー取り替えるよね? 取り替えてないってことは、まともに消毒していないってことだからね!? ただの唾液に消毒効果を期待しすぎだよっ!」


「いやいや。女の子の唾液だから。ワンチャン、何かしらの特殊効果がありそうじゃん? 雄二には悪いけど、オレはこの指……腐ってもいいから洗わないぜ」


 ふざけたことを堂々とほざき倒す壱河賢一には「死ね」という二文字が頭に浮かんだが、これはボクが悪いだろうか。法廷で決着を付けてもいいレベルなのだけど。


 そして腐っているのは指じゃなくて、どちらかといえばお前のアタマだ。悪意を含めた物言いでボクらを困らせるという意味では、ゾンビよりも質がなかなか悪い。


「女の子の何かしらを過信し過ぎでしょ。なんかそのうち、女の子のおしっこを濾過すれば、フレッシュジュースになりそうとか言ってきそうで気持ち悪いわね」


「おしっこはさすがに……汗までなら、ギリギリ許容範囲だが」


 もう、ほんと死ねよ、こいつ。家畜の肥溜めで溺れて劇的な死を迎えろ。壱河賢一に対する憎悪だけがボクを突き動かす。あれ、ボクってこんなにクチ悪かったっけ。


「じゃあ、壱河賢一はサウナの壁にでもこびりついた汗を舐めとる仕事に就けばいいんじゃないかな? 汚れも綺麗になるし、賢一も性癖が刺激されるから双方に利益があると思う」


「アホか! まじめに何を言っているんだよ、雄二。そんなの舐めたら病気になるだろ。そもそも、人間の老廃物なんか口にしていいものじゃないだろ。たぶん」


「……でも、なつが舐めたあとの指は?」


「舐めた……っておい! 誘導尋問みたいなことをするのはやめろ! 舐めてないから! 三沢もそんなに冷たい目でオレを見るな! 寒くて凍えちゃうから!」


 なつだけじゃない。ここに居るみんなから、賢一は氷のように尖った視線を向けられている。なんというか、不倫した芸能人みたいで可哀想だな。周りからの評価が高かっただけに、ひとつの欠点で最底辺まで落ちぶれるなんて。――哀れだな、賢一。

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