もしも雄二の言動が二取そのものだったら④
「どうしたの、弐宮くん。やけに機嫌が悪そうだけれど」
「……五反田さんか。朝早いんだね。いつもこの時間には来ているの?」
教室で適当にぼんやりしていると、隣の席の五反田さんが声を掛けてきた。年不相応に落ち着いた言動をしていて、なのにすごく話しやすい彼女は容姿端麗で、頭脳もおそらく明晰。なつが居ないいま、次点で仲の良い女の子だ。
「いいえ、今日はたまたまよ。そういうあなたは取り巻きが居ないみたいだけれど」
「その話はやめてよ。少なくとも、朝にしていい話じゃない」
「ケンカでもしたの? あなたが壱河くんとなつを下ネタみたいに扱うなんて……」
「そんなんじゃないよ。ただ、距離を置きたいだけさ。ボクの個人的な理由でね」
相変わらず鋭い観察力を持っているなあ、五反田さんは。ひょっとしたら、その持ち前の推理能力を活かして、将来は探偵にでもなるつもりなのだろうか。
だとして。きっと、美しい女性になっているんだろうな、と思う。いまでも美少女という言葉がクラスでいちばん似合う。……まあ、本人はそんな俗っぽい言葉で形容されるのが嫌なんだろうから、口には出さないけど。
「なるほど。そこまで極端に拒絶するということは、あれね。恋愛関係かしら? なに、信じていた親友に幼なじみを寝取られた……とか? そんな感じ?」
「おおむね当たっていることが何より恐ろしいよ、ボクは。昨日の現場を見ていたかのような推理だね、五反田さん。もしかして、ゴースティングでもしていたの?」
「昨日見ちゃったのね? 壱河くんとなつがあんあんぱんぱんしているところを」
「……いや、擬音で伝えるなら、ぺろぺろちゅぱちゅぱだよ。腰を振っていた訳じゃない、と思う。もしかしたら、ヒートアップして最後までシたかもだけど」
いずれにせよ、ふたりが肉体的な関係にまで発展したのは事実だ。おかげでボクはひとりになってしまった。彼らにとってボクは2番目以下の存在、ということだ。
「まあ、でも弐宮くんも悪いわよ。だって、ふたりのプライベートな時間を覗き見したんだから。胸糞悪いNTRとはいえ、フツーにプライバシーの侵害じゃない?」
「え? それって、3人のちょうどいい関係を壊されたのに、訴えられてボクがお金を請求される可能性があるってこと? そんなの、NTRよりも質が悪いよ……」
「可能性の話よ、あくまで。客観的に見ると、弐宮くんが悪いところはあんまりないのかもしれないけれど、下手に刺激したらダメよ。ハチの巣と同じだからね」
五反田さんの言うことは、きっと正しい。でも、ボクは間違っているとも思う。当事者と第三者とでは、事象に対する心の傾きが圧倒的に違うからだ。当事者は感情が前に来るから、客観的に事象を見ることができない。――否、しなくていい。
人狼ゲームが下手なやつみたいに、主観でしか事象を語ることができない。議論時間を浪費して村人を吊り、人狼が勝つ。しょうもないゲームになるかもしれないが、それでも仕方ないのだと思う。碌に盤面整理もできない雑魚なのだから。
「……それで。その、親友と幼なじみとは縁を切ったの? 寝取られて関係が終わったのだと思うなら、まだ間に合うわよ。女は星の数ほど居るというしね」
「別に彼女として付き合っていた訳ではないから、寝取られたというのは語弊があるよ。ボクにとって、三沢なつはただの幼なじみさ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ホントにそうかしら……まあ、良いけれど。あ、壱河くんとなつが来たわ」
教室のドアを開け、ふたりが入ってきた。視線の隅っこで懐かしい影が動く。ただ、全容は見ない。見たくもない。穢された影には興味がない。消え失せろ。
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