EX03・ゆきの恩返し ほか

もしも雄二の言動が二取そのものだったら①

 ――は、あまりにも突然のデキゴトだった。


『んんむ、賢一くん……っ』


『み、三沢ぁ……! そ、そんなに……オ、オレ……ッ』


 ボクの知らないところで、親友と幼なじみがひどいことをしていた。具体的に説明するのは控えよう。ボクはあまり得意ではない。


 ただし、それはボクの眼には「裏切り」としか映らなかった。


 ボクらはそれまで、何をするにも3人で、だった。それが、こんな形で崩れるなんて。視線を細め、軽蔑の眼差しを向ける。教室のドア越しにでも聞こえる、なつと賢一による不快な音が、耳障りの悪い水音が、静かな廊下に木霊する。


「……気持ち悪い。恋人ごっこも大概にしろよ」


 学生の本分は――などと、どこぞの老害みたいな御託を並べるつもりは毛頭ないが、自分と同じくらいの年代のやつらが愛だの恋だのに翻弄されているさまは、非常に滑稽だ。うすら寒いし、笑えてしまう。そんなの、ごっこにしか過ぎない。


『ちゅっ、ちゅぱっ、んっむ……』


『や、やめっ……! み、三沢っ、激しい……ってッ!?』


『んふっ、あぁむ……じゅる、はむっ。ちゅ、はぁんん』


 もう、アレだろ。これはキスの範疇を超えている気がする。三沢なつの頭の角度からして、男性器まで行っているだろ。――どちらにせよ、気持ち悪い。


 思い出のなかの三沢なつが殺されていく。剥き出しの悪意を持った、誰かによって。撲殺、刺殺、毒殺、絞殺、他殺。あらゆる幻想が、過去の彼女を蹂躙する。


 どこか悲しいのに、妙に清々しい。とても晴れやかな気分だ。


『ぷはっ……こんなに長くシたの、初めてかも♪』


『オ、オレはこんなこと自体初めてだよ……まさか、三沢にこんなこと……シてもらうなんて』


 お互いを貪り合うだけの、性欲丸出しの触れ合いを終えたふたりは、ボクの背中で最後にそんなことを話していた気がする。正確な言葉は思い出せない。


 ただ、廊下の窓の外から射すオレンジ色の夕陽が、どこまでもボクの存在を否定するかのように、残酷な暖かさだけを主張していたことだけは分かる。


「死んでくれ……! もう、顔も見たくない」


「――おっす、雄二。先にひとりで学校に行くなんて、水臭いな~。普段は三沢とふたりでオレの家に来てくれるっていうのによ~。いったい、どうしちまったんだ?」


「……壱河賢一。どうして、ここに」


 昨日のことがあったというのに、どんな精神衛生状態でボクのもとに現れることができたのだろう。とんだ身の程知らずか、精神異常者か。こいつはおそらく後者だ。


 朝からサイテーな気分になった。自動販売機に紅茶しかなかったみたいな不快感が凄い。そんなの、窓際部署のキャリア組しか喜ばない。ボクはメロンソーダ派だ。


「どうして、って。たまには早起きも悪くねえなって。三沢は一緒じゃないのか?」


「三沢なつ? そんなの、きみがいちばん詳しいんじゃないのか」


 吐き捨てるようにして、早急に歩を進める――が、ボクの華奢な身体では、壱河賢一のディフェンスに屈してしまう。「まあ、待てよ。そう急ぐな。一緒に行こうぜ」


 貼り付けたような、安っぽい笑顔で笑う壱河賢一。あんなことをしておいて何様のつもりだ。気持ち悪い。死んでくれ。いますぐトラックに轢かれて異世界転生しろ。

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