第26*話

「ふう。やっと終わった……!」


 ジャージから急いで制服に着替え、更衣室をあとにする。なんで体育終わりの休み時間も普段と同じくらいなんだろう。


 ……ちょっとは配慮してくれてもいいのに。学校のカリキュラムにケチを付けながら、かなたとゆきとで教室へと歩を進める。


「バスケ……かなたの活躍が目覚ましかったわね。身のこなしが忍者って感じで」


「バスケの話はやめにしない? ほら、この場に逆の意味で注目を浴びちゃったヒトが居るから……ね?」


「あっ、そうね。ドリブルしているあいだに、ボールを自分の胸に強打して悶えていたヒトのことは忘れてあげましょうか……いや、ほんとに大丈夫だったの、ほたる」


 やめて、思い出させないで……。せっかく忘れかけていたところだったのに。


 ふたりのやさしさが、かえってワタシの胸の物理的な痛みに刺さる。ほんと、なんでこんなものがあるんだ。


「ってかさー、ほたるのって、どうやったら大きくなるの? 私のぜんぜん育たなくて怖いんだけど。違法の薬でも使っているの?」


「使っていないよ、そんなの。添加物なしの天然産だよ、残念ながら」


「残念ながら……って、そんなことないよっ! これはこれで魅力的じゃん。おっきくて柔らかいって最高だよ? 枕にもできるし、もみもみして遊べるしさ!」


 ワタシからすれば、かなたくらいのサイズがちょうどいいんだけどな……。こんなことを言っても激昂されるだけなのは目に見えているので、口は開かないでおく。


「胸を育てないのなら、食生活から見直してみるのもアリかもね。ザンギとか野菜サラダをたくさん食べれば、バストアップにつながるって風の噂で聞いたわよ?」


「ザンギかあ。私、お肉はあんまり食べられないんだよね。魚のほうが好き」


「なら、バストアップ体操は? 入浴しているときにバスト周りのマッサージを数分するだけで、育乳効果が見込めるとか見込めないとか。やってみれば?」


「えー。でもそういうのってさ、けっきょく持続しないと効果ないでしょ? 爆発的にドカンと大きくなりたいんだよね。もっと効率的な方法があればいいんだけど」


 かなたはどうしてそこまで胸の大きさに拘るんだろう。枕にするにしても、自分のものは身体の構造からして、単純に不可能だと思えるんだけど。


 それに、こんなのあっても周りから奇異な目で見られるだけで、良いことなんてひとつもない。


 ……バスケのときだってそうだ。ボールのバウンドを邪魔するし、走るだけで揺れるし、買ったばかりの下着がすぐ着られなくなるし、最悪の詰め合わせだ。


「だったら、もう整形手術するしかないじゃない。大金はたいて脂肪でも注入すれば? そうすれば、すぐに量産型インスタント巨乳のできあがりよ」


「身体にメスを入れるのはさすがに嫌かなあ。まだオスも入っていないのに」


「うわ。自然な流れでド下ネタを入れてくるなんて……やるわね、かなた」


 自分を取り巻く現状から目を逸らすように、無意識のうちにワタシはまた、放課後のことに思考を傾けるようになった。


 ドキドキしていないと言えば、嘘になる。会ったこともない男の子に告白されて……そのあとは?


 分からない。だから不安でもある。このときのワタシは、それくらいにしか考えていなかった。

 

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