第24*話

『突然の手紙でごめんなさい。あなたのことが好きです』


 1行目には男の子っぽい角ばった字で、シンプルにそう書かれてあった。見間違いじゃない。何度も目を通してみたが、どうあがいても、やはり『好きです』とある。


 ひとりになれるタイミングがなかなかなくって、けっきょく休み時間の個室トイレで手紙を開封した。ゆきもかなたも詮索が過ぎるんだもん。撒くのが大変だった。


『放課後、ひとりで図書室に来てください。良い返事を期待しています』


「手紙にはこれだけか。差出人は誰なんだろ。クラスのヒトかな?」


 だとして、やっぱりどうしてもワタシ宛じゃないんじゃないか、と思ってしまう。こんな地味な女の子にラブレターなんて、あり得ない。周りにはもっと、かなたとかゆきとか素敵な女の子が居るのに。――どうして、ワタシなの?



「ほたる~。授業始まっちゃうよ~。次は体育だし、早く行こうよ~!」


「あ、うん。いま行く!」


 ドアの外からかなたの声がして、我に返る。外へ出ようとして、何もしていないのにこもっていたことを不審がられると思って、それとなく水を流す。


「ほたるぅ。やけに長かったけど……便秘なら、おすすめのクスリ紹介するよ?」


「だっ、大丈夫だからっ! 変なこと言わないでよ……」


「――その発言はセクハラになりかねないわね。下手したら絶交ものよ、かなた」


 トイレを出るときにゆきが待っていてくれたみたいで、話に介入してきた。騒がしいはずの廊下は、いつの間にかワタシたちだけになっていたっぽくて、人数分の体操着入れまで持ってきてくれていたのが、極めてゆきらしいなと思った。


「ええっ! ちょっとした気遣いでもセクハラ扱い? 線引きが難しすぎるよ~っ」


「ふつう、女の子に便秘がどうのって言わないでしょ。特にほたるは繊細な子なんだから、そういうデリケートな話を振るのは違うと思うわ。そんなの、飼い犬に進路相談するようなものよ……?」


 飼い犬……ゆきちゃんにとって、ワタシは飼い犬なんだ。近しい存在のようで嬉しい気もするけど、なんだか複雑な気持ち。ワタシ、猫のほうが好きなのに。


「えー。でも友だち同士でお通じ事情を理解し合ったほうが、ほんとの友情って感じがしてよくない? ガールズデイのときにナプキンを共有し合うみたいな」


「なにその特殊性癖。それに、あたしはどちらかといえばタンポンのほうが……」


「えっ、ゆきってタンポン派なの!? ねえ、あれって痛くないの?」


「慣れれば痛くないはず。あと経血の吸収率がナプキンより高いからおすすめよっ」


「ひも的なやつは取れない? 本体が奥に入って取れなくなったらどうするの!?」


「ひもは千切れやすいけれど、まあ取れなくなったら病院に行けばいいんじゃないかしら。医者に診せるのが恥ずかしいとか言っていると、脚を切る破目になるわよ」


「ひえ……っ。こ、ここ、怖いこと言わないでよっ! 切断とかグロいじゃん!」


 ゆきの体験談なのかな……いや、下手に想像するのはやめておこう。ワタシもグロテスクなのは苦手だ。あの日でさえ億劫なのに、ない日に血の話は許容できない。



 怖い話はともかく、ゆきから体操着を受け取り、体育館へと急ぐ。「はい、これ。ふたりのも持ってきてあげたわよ」「ありがとう、ゆきちゃん。教室に取りに行く手間が省けたよ」「ほんと助かる。さすがはゆき。足舐めてあげてもいいレベル!」


「だからそういうのが……まあ、いいわ。とにかく、さっさと体育館に行きましょ」


「あ。今日って、外でだっけ? それとも中? 中だったら嬉しいなあ~」


「中だったはずだよ。先生がバレーかバスケって言っていたっけ」


「外より中が好きとか、やっぱりドエロね、かなた。恥を知りなさいっ」


 またふたりが難しいことを言い合っているので、自分の世界でだけ思考してみる。


 たとえば、本当に手紙の差出人に告白されたらワタシはどう答えるのか。ゆきならきっと、『時間の無駄だ』とでも言って突っぱねるだろう。かなたならたぶん、『まずは友だちから』と好意的に受け取るだろう。


 ただ、いくらシミュレーションしても、自分の近くに男の子が居ることを想像できなかった。きっとワタシは告白を断るのだろう。どう頑張ってもワタシの隣には、ゆきとかなたしか居なかった。

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