第23*話

「んん……っ」


 何度目かの朝がやってきて、不意に目覚める。アラームが支配していない、健全な目覚めだったので、幾ばくかの余韻に浸ってみた。カーテンを開け放ったあとの背伸びに勝る気持ちよさったらない。これほどまでの朝はそうそうないだろう。


「さてと。シャワーでも浴びよっかな~」


 ほんの少し汗ばんでいる身体のまま、制服を着る訳にはいかない。それに、そろそろ下着も変えたかったところだ。無駄に長い髪の毛もなんだかべたついている。


「あっ、ヘアゴム切れちゃった……もう、サイアクぅ」


 これじゃあ、今日は髪を結んで歩けないじゃないか。黒髪ロングだと、ゆきと外見が被ってしまうがゆえに、男子から無駄な視線をよく浴びるのに。どうしよう。


「……うーん。ゆきにはツインテールで来てもらうとかって、できるかなあ」


 クールな言動のゆきが無邪気さ満点の髪型をしていたら――と思うと、よりいっそう目立つ気もするが、よく考えたら今度はかなたと外見が被ってしまうな。


 そんなことを思いながら、パジャマを脱ぎ、下着を外していく。家族共用の洗濯かごに置くのに若干ためらいを覚えたが、けっきょく洗剤の力を信じることにした。


「ほんとこれ、邪魔なんだけど……いつまで大きくなるの?」


 鏡の前に立って呟く。両手で抱えるには重すぎるし、このままだと肩が凝るし。ワタシにはなんの得もない。だからせめて、身長の糧になってほしい。


 シャワーに手を掛け、お湯を浴びる。あったかくて、気持ちいい。頭や身体を無心でごしごししているうちに、内なる悩みなんかどうでもよくなってしまうのが、お風呂の良いところなのだと思う。




   *




「あら、ほたる。遅咲きの中学デビュー? 艶やかで一段と綺麗になったわねっ」


「あはは。ゆき、ありがとう。ゆきにそう言ってもらえると照れちゃうなあ」


 教室へ入ると、ゆきが普段通りに接してくれた。外とは大違い。奇異な目で見られてすごく嫌だった。コンビニにでも可愛いヘアゴムが売っていれば良かったのに。


「でもちょっとふたりとも、似すぎじゃない? ひょっとして、同じ血を分けた双子ちゃん説ある? ふたりに複雑な家庭事情があったら、話だけは聞くよ?」


「憐れんでもらわなくって結構よ、かなた。たとえ、あたしとほたるが同胞だとしても、それはそれで良いんじゃないかしら。ちょっと楽しそうだもの」


「楽しそうって、ゆき……健気じゃん! なにその逞しさ! ふたりが双子だったら、ゆきは間違いなく姉のほうだねっ! それとも、強気な妹!?」


 かなたのおかげで、話が良くも悪くもややこしいほうに逸れていったので、安心して自分の席に座る。鞄のなかを机に移し替えるときに、何かが手のひらに当たる。


 なんだろ、これ。紙のようなもの。もらったプリントはすべて持ち帰ったはずだ。誰かが放課後にここを使ったのだろうか。手に取って、見てみる。


「あら、ほたる。なあに、それ?」


「もしかして、あの初心で有名なほたるにも遅すぎた春が来ちゃったり!?」


「そういう手紙とは限らないからっ! 誰かの席と間違えたかもだし!」


 手紙には裏にも表にも差出人のことが書いていない。そればかりか、宛名のことも明記されていない。謎の手紙だ。いったい、どういう意図でワタシの机に?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る