第22*話
「でもさ。ほたるはともかく、ゆきには親しくしている男子くらい居るでしょ? ひょっとして、まったくのゼロ? さすがに告白経験なしの私でも数人は――」
「それって、囲いが存在しているってこと? バーチャルアイドルみたいな?」
「いやいや。フツーに友だちだよ。なにその歪曲しまくった例示」
男の子の友だちか。ワタシにはとうてい、縁のない話だ。もともとヒト付き合いが得意なタイプではないし、なんならゆきとかなた以外に同性の友だちも居なかった。
ふたりの話についていけそうにないので、適当なタイミングで話半分に相槌を打ってみる。「ふむふむ。なるほどね」「ええと。なにが?」返す言葉を間違えた。
「さすがは乙女を演じているだけあるわね、かなた。告白という甘酸っぱい過程をすっ飛ばして、複数の男子と憚られる関係だなんて。ドエロにも程があると思う」
「だからただの友だちだってば! そこに恋愛感情はないから!」
「恋愛感情はない……となると必然的に、あなたの囲いはもれなく全員セフ――」
「ストップ、ストップ! ゆき! 謂れのない悪評で私を貶めようとしないでっ!」
ゆきは何を言いかけたんだろう。少しだけ気になるけれど、その先を彼女が言うことはなさそうだ。かなたが必死にゆきの口許を必死に手で覆っている。
もごもごしているのに、それでも何か言いたそうにしているゆきが、なんだか愛おしく思える。ペットショップのハムスターみたいだったからかな。たぶん、そう。
「……っていうかさ、ゆきはさっき、こう言ったよね。『好きでもない相手と付き合うことは時間の無駄』って」
「ええ。確かに言ったわね。それから、非効率だってことも主張したはずよ?」
「それって、手のひらを返せば、好きな男の子がいるってことだよね!?」
かなたの声高々な『ゆきには好きなヒトが居る宣言』に、教室内の時間が不意にぴた、と止まる。――しかし、止まるというのは不誠実な表現だ。
実際には皆や時計は動いていて、かなたの安易な叫びからしばらくは誰もが言葉を発していない状況があったというのが、より正しい。視線が集まっていたゆきは咳をひとつ、こほんとすると、相変わらず落ち着いた雰囲気でかなたへの弁明を始める。
「かなた、その手のひらは返し過ぎて捻じれているんじゃないかしら。あたしの発言をどう切り取ったら、そんな解釈が生まれるの? 事実無根のスキャンダルを生み出す悪徳記者の生まれ変わりなの? それとも、そういうのが将来の夢なの?」
「そんなまさか! 私の将来の夢はもっとほのぼのとしたファンシーなやつだよ。ケーキ屋さんとかさ! ゆきは怒っているみたいだけど、私もぷちおこだよっ! 友だちをそういう卑猥な意味で捉えちゃってさ! こちとら、ぷんぷんですよっ!?」
「将来の夢ケーキ屋CO把握。ええと、それは本当にごめんなさい。裏表の激しいかなたのことだから、淫靡な一面もあるんじゃないかと。完全な偏見だったわね」
かくして、第一次かなゆき大戦は終幕を迎えたが、ワタシには理解し得ない単語がまだまだいっぱいあるなあ、と戦いの様子をグラウンドゼロで俯瞰していた。
途中で思考停止しそうになったり、放課後の娯楽について考えていたが、蚊帳の外だったので問題ないはず。悲しくなんかないもん。ひとりじゃないもん……。
「かなた。それから、ほたる。話を戻すようで悪いけれど、親しくしている男子なら、ひとり心当たりがあるわよ。強いて言えばのレベルだけれど、それでもいい?」
「え、居るの? ゆきちゃんが男の子と仲良くしているイメージないよ?」
「お。久しぶりにほたるが喋っているのを聞いた気がする」
誰のせいですか、と政治家よろしくの真面目トーン問いかけをしようとして、そのまま受け流す。蚊帳の外を卒業したいので、発言量を伸ばしていきたかった。
「まあ、好きというよりかは話していると落ち着くっていう感じだけれど。隣のクラスの
再び教室内がどよめく。数多の男子の告白を断ってきたゆきが、唯一心を許した謎の人物・零端。誰ひとりとして耳なじみのない名前に、動揺を隠せずにいる。
「零端……聞いたことないなあ。どういう感じのヒトなの?」
「予想しよ、予想! きっと、ゆきレベルの顔面だから~、体育会系の高身長イケメン? それとも頭脳明晰の優男タイプ? 料理上手の爽やかな感じの男の子?」
「あー、ぜんぶ違うわね。かなたは現実と理想の境目がないの? そんなの乙女ゲームだけでしょ。目を覚ましなさい。いまなら無料でビンタしてあげるけれど……」
「私を憐みの眼差しで見るのはやめてっ! 幻想くらい抱いたっていいじゃん! 誰にも迷惑かけてないし! そもそもいまなら無料ってなに!? ビンタビジネス!?」
ゆきが親しくしている男の子かあ。クラスの男の子とは挨拶を交わす程度だろうし、ワタシは特に心当たりがない。ワタシ自身の世界が狭いだけかもしれないけど。
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