第21*話

 あのときのワタシは変わり映えのしない日々を楽観し、同時に愛していたのだと思う。軽率な感情で決して疑おうともせず、ただひたすらに平凡なのだと眺めていた。


 だからこそきっと、ワタシは気付かなかったのだろう。光と闇が表裏一体であることと同じように、寄り添い合う暮らしには悲劇的な非日常が含まれるということに。




   *




「――えっ。ゆき、また男子に告白されたの!? 相手は誰? オーケーしたの?」


「かなた。恥ずかしいからあまり大きな声で叫ばないで……。顔も名前も知らないヒトよ。というか、付き合うとかそういうのよく分からないし、丁重に断ったわよ」


「これで何人目だろ? 21人? とにかくすごいよね、ゆきちゃん。誰にでも好かれるって、なかなか難しいことだよ。いっそのこと、付き合っちゃえばいいのに!」


 ホームルームのありきたりな騒がしさに紛れ、ワタシたちはひと際目立つ意見交換をしていた。多数に注目されている自覚はあったが、視線の矛先はいずれもワタシではなく、おそらく大多数は彼女――大崎おおさきゆき――のほうにあったのだと思う。


 会話の中心に居るのはいつも彼女だった。私たち三人はきまって、ゆきの机に集まって話をしていた。話題のほとんどは、ゆきに群がる男子生徒に関するあれこれ。


 三人のうちの過半数は、面白みのない無垢な表情なのにもかかわらず、ある特定の女の子だけは反対に、血色の良い眩しい笑顔で応えてくるのが、素直に印象的だ。


「いやいや、ほたる。逆に言うけれど、好きでもない相手と付き合うことにどんなメリットがあるの? それって、時間の無駄じゃない? 非効率だとは思わない?」


「ダメだよ、ゆき! 恋愛に効率性やメリットを求める時点で間違っていると思うなあ! 恋愛っていうのはね、いかに寄り添えるのかが重要なことで――!」


「はいはい。夢見るオトメの恋愛メソッドはそれくらいで結構よ……。かなたってほんと、その手の話しかしないわよね。ませているというか、なんというか」


「確かにそれはあるよね。かなたちゃんは、口を開けば男の子云々って言っている気がするよ。ワタシも誰が好きとか、誰と付き合いたいだとか、よく分からないなあ」


「それはゆきとほたるが興味ないだけじゃないの? 私たちは年頃の娘っ子なんだし、ひとつやふたつはなにか浮いた話があってもいいと思うんだけど!」


 そうやって豪語するかなたにも、特に目立ったスキャンダルがなかったように思うが、ひとまず水を差すのはやめておいた。恋愛関係の話になると、水を得た魚みたいに熱を帯びる彼女を、まともに相手できるほどの体力は持ち合わせていない。


 たぶん、ゆきも同じなのだろう。かなたへの対応には、明らかに面倒そうにしている。枯れた池で跳ねる魚みたいな目だった。それこそ、面白みのない無垢な表情だ。


「うーん。ゆきは悉くチャンスを棒に振っている感じがするなあ。このままだとゆきは婚期を逃しまくる独身女性になっちゃうよ! 29歳処女の未来が見えるよ!」


「恋愛が必ずしも幸せに結びつくとは限らないと思うけれど。下半身を結合することでしか繁殖できない有性生殖ほど、非効率で愚かなものはないと思うわっ」


「あはは……。身もふたもないね、ゆき……」


 かなたが切実に訴えかけてくることの理屈は、言葉の雰囲気でそれとなく読み取れる。だけど、ワタシを取り巻くこの青春において、恋愛というカテゴリはひどく些末なもののように思えた。つまり、けっきょくのところ、かなたの言う通りなのだ。


 よく分からないものには深く言及しない。ゆきみたいに強い言葉で否定することのできないワタシは、とにかく稚拙な結論を出すので精いっぱいだった。

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