第20話
「――でも、それだけあたしを大切に思ってくれていたのよね、蛍くんは。裏切られたと思ったんでしょう? さも、あたしを自分の所有物かのように話していたもの」
「所有物だなんて、そんな。ボクはただ、ひとりぼっちだったボクに寄り添ってくれたきみたちを大切にしたかっただけなんだ。そこに深い意味はないよ」
「きみたち? 蛍くんにあたし以外の友だちなんて居たかしら?」
「失礼な……ボクにだって、友だちくらいは居るよ。ユキは知らないかもしれないけれど、ボクと四葉かなたは中学からの知り合いなんだ。腐れ縁ってやつさ」
言った直後、なぜだかユキは寂しそうに目を伏せた。ユキにも大切に想っているヒトは居るのだろうか。訊いてみようとしたけれど、怖くなってやめた。
雲ひとつないクリアな青空を見上げるタイミングで、チャイムが鳴った。授業が終わったのだろう。校舎の喧騒がここまで響いてくる。――うるさいな、まったく。
ため息をごまかすのなら、きっと、いましかない。意を決してボクは口を開く。
「……っていうか、ユキは驚かないんだね。ボクがこんな身体なのに」
「あなたからその話を切り出すなんて意外だわ。触れてほしくないのだとばかり思っていたけれど」
「秘密にしていたとはいえ、とどのつまり、ボクはずっときみを騙していたんだ。ごめんね、嘘っぱちのボクで」
「言いたくなかったのなら、そのままで良いのよ、別に。あたしは等身大の蛍くんと接したかったから。あたしもそのほうが楽で良いし……なんて、傲慢かしら」
「それはいったい、どうして? ボクは自慢じゃないけれど、きみよりもずっとわがままなことを自負しているつもりだよ。ユキはぜんぜん、ちっとも悪くない」
ユキがどんなことを危惧しているのかは分からないが、できれば彼女には笑っていてほしかった。秘めた願いも、矛先さえも、最初から憎悪ではなかったように。
ペンダントを握りしめ、恣意的に裏返した気持ちを強引に引き延ばす。それはどうにも、失われた青春のような後味の残るほろ苦さをフラッシュバックさせて、忘れさせてくれなかった。脳裏に焼き付いて離れてくれなかった。――どうしてだろう?
「そもそも、あたしはあなたに騙された、なんて思ったことはないわよ? そりゃあ、ひどいことを言われたのはショックだったけれど。それでもさっきのおまじないで清算できたと思うし、なによりあたしには蛍くんを傷つけてしまった過去がある」
「え? そんな過去ないよ。捏造じゃないの?」
首を傾げ、それからほとんど同時におどけてみせたが、ユキの表情は真剣そのもので嘘を吐いているようには見えなかった。ボクらを囲う空気が冷たく尖っていく。
「ねえ、
なんの脈絡もなく、突如として平衡感覚が失われるほどの頭痛に襲われ、頭を押さえる。痛みは荒波のようにすぐ引いたが、なんだか目の前がぼんやりとしてきた。
――その名前で呼ばれたのは、いったい、いつ以来だろう?
違和感のある疑問符がふいに浮かんできた。否定しなくちゃいけないのに、思い出しちゃいけないのに、忘れたままにしないといけないのに。それなのに、どうしてだろう……記憶の渦から抜け出せないままでいる。――うまく逃げられない。
意識が混濁してくる。ホタルだった頃のワタシと、ケイとしてのボクが、重なってひとつになる。形容しがたい奇妙な感覚に溺れていく。やっぱり、逃げられない。
やがてワタシは、色のない深淵に再び囚われてしまったのだった。
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