第15*話

 やがて誰も居なくなった頃に、ワタシはぼんやりと空を見上げていた。空気の薄そうな藍色を帯びている。なんだか宇宙に居るみたいだ。身体に力が入らない。


 灰色の雲が太陽を奪って、澄み切っていたはずの青はどこにもなかった。あんなに涼しかった向かい風も、いまではぴたりと止んでいる。ワタシを彩るものは何もかも失われてしまった。


 ――ああ、この気持ちはきっと。


 いつの間にかワタシは、ユキに惹かれていたんだ。噂の虚像に惑わされることなく正面突破してくる胆力、名前に見合った美しさ、スリムなスタイルの割に大食漢なところ—―列挙したら切りがない――そのすべてに愛おしさを感じていた。


 だからこれは、永遠に閉じ込めておく。誰にも届かせない。この、裏返った気持ちはなくしちゃいけない。ワタシがであるために。そうだ、そうだよ。


「……ボクは、きみが嫌いだ。ユキ」


 だからどうか、心の奥底で穏やかに朽ちてほしい。二度と這い上がれないように鎖を巻いてやる。きみへのプラスだった気持ちは憎悪のエネルギーにしてあげるんだ。


「……ふ、うぅ」


 それまでボクは上手にできなかった呼吸を再開した。心臓の鼓動がうるさい。杖の折れた老人みたいに身体が震えている。なのに気分は、不思議と清々しい。


 ゆっくりと立ち上がる。視界の隅っこにゴミ箱があるのが見えた。ペンダントを捨てようと思ったけど、これも供養の燃料にすればいいか。考えを改める。


「ユキ。ボクはきみを許さないからね。ボクを裏切った罪は重いんだから」


 誰も居ない空に向かって呟く。ボクだけのセカイ。すべてが自分の手のひらで踊っていて、ボクの思い描いたシナリオだけでストーリーが進んでいく。そんな、ご都合主義満載の卑しさと憎悪だけに満ちたセカイ。――そんなものはどこにもなかった。


 空っぽのボクが望むものはついに、なんにも手に入らなかった。裏切りと穢れと、それから絶望にまみれたセカイで、ボクはいつまでもボクのまま囚われている。

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