第13*話
その日の夜はすごく名残惜しい気分だった。どうしようもなく、ボクは浮ついていたのだと思う。夜空を仰ぐはずの時間なのに、ベッドから出られそうになかった。
なんとなく、心当たりがある。ポケットからペンダントを取り出し、小さなスイッチを押す。ふたが開くと、制服を着た男女が笑っていた。ぎこちない笑顔。
「プリクラなんて柄じゃないよな……距離も少し遠いし」
デコレーションされた写真を眺めて、ふと思い出す。カラオケボックスを出たあと、ボクたちはひと通りの施設でとりあえず遊んでみたのだった。
たとえば、ボーリング、ビリヤード、クレーンキャッチャー。ユキがトランポリンに行こうと言ったときはものすごく焦ったけれど、営業していなくて助かった。
「ボクがワタシだとバレたら……この関係は御終いだ。それだけは避けないと」
ペンダントを握りしめる。今日は感傷的な気分になり過ぎてしまう。ボクがボクではなくなっていくような恐怖がある。ほんの少しでも光がないと不安で仕方ないのに。だけど今日だけはそれでもいいのだと――なぜだかそう思える。
どうしてだかは分からない。分からないくせに、部屋の明かりだけは消してしまった。オレンジの小さな光でさえ天井にない。手放したくないはずなのに、ボクはどうしてもワタシに傍に居てほしいと思ってしまう。よく分からない。なんだこれ。
「……肯定されたがっているのかな、ボクもワタシも」
どちらも同じボクで、どちらも同じワタシなのだと。誰かに認められたいのかな。あるいは、彼女だけに知ってほしいのかな。ボクはワタシなのだと。
――だけど夜がボクを、どうしようもなく弱らせているだけかもしれない。そんな思考には至らなかった。まるで物語の展開を知っている作者みたいに、ハッピーエンドを妄信しているみたいだった。自分が主人公だと疑わないなんてバカらしいのに。
「そう思うなら、やっぱりボクはトランポリンで遊ぶべきだったのかもね」
あのときは営業していないことに安堵したけれど、いまはどうだろう。まったく別の感情が渦巻いている。彼女――ユキにだけは、ボクの本当の姿を晒してもいいのかもしれない。ユキなら、ボクを、本当のワタシを見つけてくれるのかもしれない。
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