第12*話

「それじゃあ、蛍くん。どれでも好きなものを選んでちょうだい。あたし、お世話になったヒトには、おカネに糸目は付けないようにしているの。感謝の印にね」


「ええと。ありがたいのだけれど、さすがにいっぱいは食べられないよ。きみとボクのふたりしか居ないのに、なんでこんなに注文したの? きみって大食漢なの?」


 テーブルいっぱいに並べられた食べ物に圧倒される。選ぶどころか既にある。こういうの、ありがた迷惑というのだけれど、彼女はきっと自覚していないんだろうな。


 懐中時計を直したという功績――ねじを締め直しただけ――を認められ、ボクはユキに学校近くのアミューズメント施設に連れてこられた。そのなかのカラオケボックスで、気まずい感じに対面している状態がそのまま心の距離を示している。


「そういう訳ではないのだけれど。食べ切れないのなら最後まで付き合うわよ?」


「学校給食じゃないんだし、そういう制度はやめてよ。ボクは少食だから無理だよ」


「無理だと思うから無理なのよ。あたしも応援するから頑張ってちょうだい」


「……応援だけかよ」


 せめて勝手にバカみたいな注文をしたんだから、メニューの過半数は食べてほしいのだけれど。なんでボクがぜんぶ食べないといけない流れになっているんだ。


 新手のパワハラかよ—―そう叫びたくなる気持ちを堪え、ボクは小さな胃袋のなかに大盛りのスパゲティを詰め込むことに専念した、つもりだったんだけれど――


「ごめん、もう無理。吐く」


「え。まだ2割くらいしか減っていないのだけれど……」


「2割? なにかの間違いじゃないの? 8割は食べたよ」


「これで8割ならあと32割はあるわよ。頑張って、蛍くん」


 ――お腹いっぱいになるのがわりと早かった。体感時間はその5倍くらいなのに、よく見たらテーブルに広がっている食べものはほとんど、量の変化が起きていない。


「うっ……くあ、ユキが注文したんだからユキも食べてよ。ボクだけ食べているのも変な感じだし。せっせと料理を作ってくれた厨房のシェフを喜ばせてよ」


「感情論とは姑息な手段に及んだわね、蛍くん……まあ、お腹いっぱいで苦しんでいる蛍くんを見れたし、今日のところはこれくらいにしてあげましょうか」


「なにその、斜に構えた感じ。きみって悪魔なの? 竜宮城に住んでいるの?」


 あはは、と笑いながらユキは手を合わせて「いただきます」と言った。育ちが良いのかな、そういえばボクはそんなことを言わなかった。心のなかだけで呟く。――いただきました。


「もぐもぐ……ごくん。やっぱりカラオケボックスのフードメニューなんて、こんなものよね。家に帰って口直しに、インスタントの塩ラーメンでも食べようかしら」


「あ、あれ? さっきまであった食べものたちが消滅している……? 食べるの早いんだね、ユキ。それでいてまだ食べようとするなんて、最新の掃除機みたいだ」


 そして、ユキはもう一度合掌し、「ごちそうさまでした」と言った。彼女に倣って今度はボクも同じタイミングで呟く。――ごちそうさまでした。


「あの、ボク。お金ないんだけど」


「大丈夫よ。支払うのはあたしだし。蛍くんにはお世話になったから」


 さて、と言ってカラオケボックスから出ようとするユキ。カラオケはしなくてもよかったのかな。まあ、ボクは歌うのが好きじゃないから良いのだけれど。

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