壱河ゆりvs三沢なつ④
「えへへ。雄二くんの膝、あったかいですっ」
「あのさ、ゆりちゃん。ほんとにこんなのでいいの? いちおう、なんでもしてあげる権利だったはずだけど」
――まあ、僕は首を縦にも横にも振っていないけど。
けっきょく、僕が最下位になった対戦ゲームは、ゲーマーのゆりちゃんが勝利を収めて幕を閉じた。なつとのラストバトルはとても白熱していて、感動すら覚えた。
「はい。ゆりはこれくらいでいいんです。ここのほうが落ち着きますので」
言って、ゆりちゃんは僕の上半身を背もたれにし、幼いツーサイドアップを押し付けてきた。とたん、シャンプーの柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。
賢一とたぶん同じなんだろうけど、何かが違うように思えた。性別の嫌悪感がないから、ゆりちゃんのほうを良い匂いだと、上手に錯覚できているのだろう。
「うう……雄二がゆりちゃんに寝取られたよぅ」
なつは戦いに敗れ、部屋の隅っこのほうで体育座りをしたまま、いじけている。ゆりちゃんよりもだいぶ幼く見えるのが不思議だ。言わずもがなそれは、彼女の未知なる領域に、幼さを連想させる淡い水色のストライプがあるせいなのだろう。
不意打ち気味なハプニングから視線を逸らしながら、なつに話しかけてみる。中学生の女の子にゲームで負けて涙目状態の幼なじみは、すごく寂しそうに感じる。
「ええと、なつ。そんなに僕の上に座りたかったの?」
「そんなんじゃないし。いいから、ロリコンは鼻の下でも伸ばしていなよ」
「なるほどな。三沢は尻に敷くタイプか。いわゆる、かかあ天下ってやつだ」
「……そんなんじゃないし。わたしだったら、座るだけなんてことしないし」
もしも、なつが勝負に勝っていたら、僕はいったい、どんなことをされていただろう。想像しただけで恐ろしい。彼女らにどんなことでもしなくてはいけないとはいえ、さすがに富士山の頂上のゴミ拾いは寒いし、犯罪者にもなりたくない。
「あ、そうだ。ゆり、お母さんに買い物を頼まれていたのを忘れていました! 雄二くんから離れるのは非常に名残惜しいですが、なつさん、良かったらどうぞっ」
「ぐすん……え、いいの?」
「はい。権利の譲渡ってやつです! 雄二くんも異論はありませんよね?」
返事をする代わりに頷きで応える。そもそも、優勝景品に対して僕の人権はまったく保障されていない。最下位じゃなくても発言権すらなかったし。
「では、ゆりはこれで失礼しますね! 和気あいあいのところ、すみませんでした! 雄二くんも服を汚してごめんなさい。あとは若い方でごゆっくりどうぞっ」
「若い方って……ゆりちゃんのほうがよほど若いよ」
僕の声がちょうどドアの閉まる音で掻き消され、部屋には静寂がやってきた。気まずさをひしひしと感じているうちに、ぼそりとなつが小さな声で呟く。
「わたし……気を遣われちゃった?」
「ゆりはオトナだからな。さすがは俺の妹だ」
「賢一くんはオトナじゃないけどね。掲示板の画鋲で怪我するし」
「うるさいな。男は好奇心旺盛なくらいがちょうどいいんだよ。なあ、雄二?」
そうだね、と適当に返しておく。同意しながら、考える。男のロマンという言葉があるくらいだし、適度に子ども心を忘れないことも楽しいのかもしれない。
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