第35話

「ん~。分からないことはいいや。明日、二取くんに聞けばいいし」


「分からないことをそのままにしておくと、あとで痛い目に遭うかもよ。隣の席の女の子にビンタされたり、ルールに穴がありすぎる不条理なゲームをやったり、ね」


「あはは、経験者は語るってやつだね。肝に銘じておくよ……って、これでもずいぶんと痛い目に遭ったんだけど」


 なるだけ思い出したくはない。だけど、きっとあとで頭を抱えることになるだろう。ベッドで目を閉じるときに、ふと。そしてまた夜更かしコースだ。


「うん。やっぱりなつには笑っている顔が似合うよ。そのほうが、か、可愛いし」


「そ、そんなことまっすぐ言わないでよぅ……もう、照れるなあ」


 頬が熱いのはきっと、夕日のせいだ。雄二の顔を直視できないこととはきっと、関係ない。でもなぜだか、この微熱に似た温もりも悪くないのだと思える。


 雄二との時間は居心地がいい。言ってしまえば、わたしは彼となら自然体で居られる気がする。着飾らなくていいし、等身大の自分で話し合える。これを幸せという言葉以外で表せそうにないのはたぶん、心が満たされているからなんだと思う。


「……そういえば、謝るだけだって言って飛び出してきたのに、どうしよう。二取くんになんて言えばいいんだよ。よく考えたら、二股なんて最低じゃないか」


「雄二は悪くないよ……っていうか、それ、わたしを非難しているの?」


「あ。文脈的にはそうなっちゃうのか。でも僕は二股していないからセーフだね」


「いやいや。立派な二股の前科があるくせに、自分だけ、なに罪から逃げようとしているの? お化け屋敷でかなたと手つなぎデートしていたよね? それにその前にはゆきとデートしていたし! 今朝だって、そのふたりとべったりだったじゃん」


「それはなつと両思いになる前だから! 現在進行形で二股しているなつに罪とか前科とか言われたくないよ……って、この話はもうやめようか」


「う、うん。そっか……わたしたち、両思いだったんだね。えへへ、『好き』か」


 好きだとか両思いとか、いちいち口に出す度に恥ずかしくなる。それでも言いたくなってしまうのは、どうしてだろう。少し考えて、思い当たる。


 ――噛み締めたいんだ、いつまでも。


 雄二のことを想い続けてきたぶん、この多幸感を忘れたくないんだ。

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