第32話
「ご、ごめん。加減が分からなくって」
「いや、良いんだ。そんな気はしていたから」
雄二の赤くなった頬に手を添える。わたしの手形がぴたりと嵌まる。うるんだ瞳に吸い込まれそうになったが、見つめてもまた、ゆりちゃんを困らせてしまう。
「あらら。ほんとにビンタしちゃったよ……だいじょうぶ、雄二くん?」
「なっ……そっち側に回る算段だったか。ずるいよ、さすがはメギツネ」
「ん~? なっちゃん、なんか言った?」
「いや、なんにも」
中学生とは思えない小賢しさを孕んだまま、少女はあざとく笑う。あのときの腹黒さはまだ健在だったらしい。わたしを慰めようとしていたのは、なんだったんだ。
「大丈夫だよ、とは言えないけど、痛みは治まったかな」
「もー! なっちゃんってば、ゆりの第二の兄さんにひどいことしないでよ!」
「……第二の兄さん?」
「そうだよ、まったくっ! いくらなっちゃんでも、これはぷんすかだよ!!」
それが本当なら、ゆりちゃんは雄二のこと……賢一くんみたいに兄妹として親しくしたかったってこと? どこかズレていた気がしたのはそういうことだったの?
「ゆりちゃん。僕のこと、そんな風に思ってくれていたんだね。ありがとう」
「えへへ。ゆりはね、兄さんのことも、雄二くんのことも大好きだからね! もちろん、なっちゃんも! だからふたりが付き合うことになって嬉しいんだっ!」
「つ、つつ、付き合うなんて、そんな……っ」
わたしと雄二が、付き合う……あれ、ちょっと待って。わたし、なにか大切なことを忘れているような。手を伸ばした先に霧が立ち込めていたことも知っていたはずなのに。想い続けていた雄二と両思いになって、浮かれていたのかもしれない。
「じゃあ、ゆり。帰るね。ばいばい、ふたりとも。末永くお幸せに!」
「ありがとう、ゆりちゃん。こんな時間まで付き合わせちゃってごめんね」
「良いってば、そんなの! お礼はメイド喫茶のオムライスってことで!」
嬉しそうに笑いながら、ゆりちゃんが去っていく。たぶん雄二の奢りだよね。メイド喫茶のフードって高そうなイメージしかないから、ちょっと心配だけど。
「ゆりちゃん……行っちゃった」
「ふたりきりになっちゃったね、なつ。これからは真面目な話をしようか」
「……うん、そうだね」
ゆりちゃんの前で言えなかったことがたくさんある。これでもひた隠しにしてきたほうだ。前座は終わり。仲直りしただけで、わたしたちはまだ繋がっていない。
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