第31話

「え、えっと……いちおう、ゆりも居るんだけど」


「あっ……ごめんね、ゆりちゃん」


 ふたりきりではなく、ゆりちゃんが居ることをすっかり忘れていた。夕日の微睡のなかに溺れて、しばらく雄二と見つめ合っていた。なんだかすごく恥ずかしい。


「まったく。証人になってって言われたから残っていたのに、除け者扱いなんてひどいよ! 謝ったと思ったら急に告白合戦だし、こーこーせーって複雑なんだねっ」


「あはは。高校生がって言うより、僕らのあれこれが複雑な気がするよ」


「う、うん……」


 昨日のバスでの言い合いがここまで発展したのは誰のしわざなのかを考えたとき、真っ先に自分を列挙できるくらいに、わたしが戦犯なのだと思う。


 きっとわたしは、雄二とは比べものにならないレベルでわがままだった。いま冷静に考えてみても、さっきまでのわたしは本来の自分を見失っていた。まるで悪魔に憑りつかれたかのように、夕焼けの裏側でひとり孤独に泣き叫んでいたのだろう。


「本当にごめんね、なつ。けっきょくのところ僕は、自分のことしか考えていなかったんだ。距離が必要だと思ったのも、嫌われるのが怖かっただけだったんだ」


「ううん。わたしのほうこそ、ごめん。元はと言えば、わたしがバスでバカみたいに燥いじゃったせいだし。雄二はひとつも悪くないよ。悪いのはわたしなんだよ」


「あのさ、雄二くん。それに、なっちゃんも。もうお互いさまでいいんじゃない? どっちも自分が悪いと思っているのなら、ビンタで手打ちにしてよ」


「……え。なんで、ビンタ?」


 あまりに唐突すぎて、時間が止まったかと思った。何かに託けてビンタしたがるゆきの生霊でもそこらに漂っているのだろうか。霊感があったらよかったのに。


「だって、ふたりとも……めんどくさいんだもん。告白タイムを挟んで謝罪合戦なんかしている場合じゃないでしょ。そういうの、ゆり。お腹いっぱいだからっ!」


「め、めんどくさい……?」


「うん、めんどくさい。なんなら、ゆりが喝を入れてあげよっか? ゆりのビンタはね、クラスで悪いことをした人に下される、裁きの鉄槌だから痛いと思うよ?」


 それはやばそう。ゆりちゃんのビンタの構えは本場の人を彷彿とさせる迫力があった。でも彼女の言う通り、手打ちにしなければ、このやりとりも堂々巡りだ。


 再び見つめ合って、ひと息吐く。ゆりちゃんのビンタを浴びる訳にはいかないので――そんなの食らったら首が飛んでいっちゃいそうだ――わたしは雄二の、雄二はわたしの頬にそれぞれ手を宛がい、お互いに両成敗ビンタをすることにした。


「なつ。軽くでいいからね? 僕もそんな本気でやらないし」


「う、うん。上手くやってみせるよぅ」


 そうして、ふたつの乾いた音が、夕闇の公園に木霊した。ぱちん。バシン。

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