第30話

「あのね、なつ。いまさらで申し訳ないんだけど、僕はなつが好きみたいなんだ」


「やっぱり、そうだったんだ……って、え?」


 聞き間違い? 誰が誰を好きだって? 言われたことをそのまま頭のなかで繰り返す。? 綻びそうになる頬を固く結び、小さく笑う。


「し、知っているよ。幼なじみとして、でしょ。ホントにいまさらだね?」


 雄二がそんなこと言うはずがない。これはたぶん、白昼夢だ。いままで恋愛のあれこれに疎かった雄二がストレートに気持ちを伝えるなんて、あり得ない。


 だけど、わたしはうるんだ瞳から何かが溢れるのを誤魔化せそうにない。青い鳥はずっと傍に居てくれたんだ。ひどい妄想が影の世界へ消えていくのを感じる。


「ずっと考えていたんだ。僕はなつの何なんだろう、って。幼なじみなのは間違いないんだけど、友だちと言ってしまうには僕らは同じ時間を分かち合い過ぎたんだよ」


「……じゃあ、わたしたちはどんな関係だったら良いの?」


 その問いの答えが早く聞きたい。シナリオのない現実に焦ってしまう自分を抑える。やっぱり、鎖なんかじゃなかったんだ。その事実に、愚かなわたしは笑う。


「いろいろ悩んだんだけど、やっぱり僕らは幼なじみって関係がしっくりくると思うんだ。でもね、わがままかもしれないけど、僕はなつを誰にも奪われたくないんだ」


「えっと。つまり、どういうこと?」


 単純な言葉で言ってほしい。その先のさえずりをわたしは期待している。ずっとこの日をどこかで待ち望んでいたんだ。頬を濡らす滴に切なさは似合わない。明るい光で消してあげたかった。――わたしは、やっぱり間違っていなかったんだよ。


「改めて言うのはちょっと恥ずかしいな。ええと、ね。幼なじみとしてはもちろん、ひとりの女の子として、恋愛感情として、僕はキミが好きなんだ」


「キミって呼ばないで、ちゃんと名前で呼んで?」


 その呼ばれ方は好きじゃない。わたしを嘲笑う悪魔のようなシルエットを彷彿とさせるから。頭のなかの彼の言葉がまだ、やさしさに不慣れな心を穿ってくる。


 冷静に受け止めることができても、彼の凶器は主張をやめない。みんなにとってわたしが加害者であるなら、わたしにとって彼がそれに準ずる。気味が悪い。


「注文が多いよ、なつ……つまりね、僕は三沢なつが好きなんだ」


 ――きみが涙を流す資格はないよ。それは彼に認められたヒロインだけのものだ。


 いつかの二取くんの言葉を、ふいに思い出す。歪んで見えた世界の、誰かにとって都合の良い言葉のはずだった。いまはもう意味をなさない、ただの誤謬だけど。


「……わたしも」


「え?」


 場を和ますジョークにしては質が悪いし、これが本当ならわたしはバカだ。雄二がずっとわたしのことが好きだったのなら、こんなに遠回りする必要はなかった。


「わたしも……雄二が好きだったんだよ。たぶん、最初からずっと」


 頬が熱くなっているのが自分でも分かる。夕陽の暖かさだけが救いだ。あんなに憎んでいたのに、いまは神さまみたいに思える。

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