第28話

「……なつ!」


「えっ、雄二くん!?」


 縫合された想いをすり抜けるように声がして、ふと顔を上げる。ゆりちゃんの反応で、雄二だと分かった。だけどまだ、わたしは彼を見ることができずにいる。


「なつ。言いたいことがあるんだ。顔は上げなくていいから、どうか聞いてほしい」


「……やめて。あなたの声はもう聞きたくない。どっか行ってよ」


「やめないし、どこにも行かないよ。僕はわがままで頑固だからね」


 少しだけ視線を交わらせてみると、雄二は真剣な眼差しで、まっすぐわたしを見つめていた。顔を合わせるのがなんとなく怖くて、慌てて目線を下に落とす。


「え、えっと……ゆり、帰るね。話し込んでいるみたいだし」


「できれば、ゆりちゃんにも聞いてほしいんだ。証人として。ダメかな?」


「証人? うん、分かった。雄二くんの頼みなら、仕方ないねっ」


 頼みの綱だったゆりちゃんは雄二に奪われるし、サイアクだ。こんなことなら、まっすぐ家に帰ればよかった。そうすれば、何もかも上手くいって――本当に?


 雄二の言葉を拒んで、いつまでも幼なじみという関係に甘え続け、現実から逃げた。最終的に得たのは紛いものの関係だけ。――これが、ハッピーエンド?


「まずは、ごめん。昨日はなつを頭ごなしに否定しちゃったね。本当は僕もなつと遊びたかったけど、なつの体調を考えると、どうしても安静にさせたかったんだ」


「……そうだよ。遊びたかったの。ゆきと賢一くん、そして雄二あなたともね。観覧車に乗って周りを見渡しながら楽しくお話ししたかったし、お化け屋敷でわざと腕を組んでどきどきさせて吊り橋効果みたいなこともしたかったよ」


 でも、それはすべてわたしの夢の話。代わりにわたしの胸を満たしたのは絶望だった。行き場を失くした無価値な初恋が積み重なっていくだけの、切ない闇。


「なつの代わりに四葉さんがグループに入ったんだ。すぐに賢一の隣を奪って、僕と五反田さんは放置気味さ。観覧車でもお化け屋敷でも、ずっと彼女のペースだ」


「知っているよ、そんなの。ずっと見ていたから。賢一くんが鼻の下を伸ばしているのも、かなたが積極的だったのも、ゆきが嬉しそうにしていたのも、ぜんぶね」


 そして――ゆきとペアを組んでいたはずのあなたが、最後の最後でかなたと一緒に出てきたのも。嫌い合っていたはずのふたりがしかも、手を繋いで。


「見ていたのなら、なおさらだよ。どうして声を掛けてくれなかったの? 体調が良くなったのなら、合流してくれてもよかったのに。僕は気まずかったかもだけど」


「そんなの、できる訳ないよ。みんなと違って、わたしは孤独なんだから。わたしはたぶん、最初から勝ち目のない勝負をしていたんだよ。だからもう、いいの」


 足元をずっと見ていてよかった。こんな顔、誰にも見せられない。無意識に震えてしまう声に、ゆりちゃんの憐れんだ手がわたしの肩に触れる。――ごめんね。

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