第27話

「ゆりもね、友だちとケンカしちゃったときは悲しくなっちゃったよ。最初は怒っていたはずなのに、ね。やっぱりいつも一緒の人と居ないと、心地よくないよね」


 わたしのなかの複雑な事情をゆりちゃんに、みんな話す訳にはいかなかったので、表面の嵩張っている部分だけをオブラートに包んで吐き出した。


 わたしの場合は怒りというより、虚しさや切なさが込み上げてきた。波のように一定のスピードで押し寄せ、わたしの初心な想いは濡れそぼってしまった。――だからきっと、これはケンカではないのだ。あえて言うなら、限りなく失恋に近い。


「それだけ、その人が大切なんだよ。いまのなっちゃんは本調子じゃない気がするよ。雄二くんやかなたちゃんと仲直りしたらどう? たぶんそのほうが……」


「ううん。しばらく距離を置こうと思うの。あのふたりはわたしが居ないほうが楽しく過ごせると思うし。わたしもなるだけ自分が楽なほうを選びたいんだ」


「なんかすっごいセンチメンタル……。こういうの、メンヘラって言うんだっけ?」


「あはは……確かにそうかも。ふたりのことで気分が落ち込みすぎているもん」


 人は自分の限界を超えた悲しみに出会うとよく笑うらしい。いまのわたしも笑っているのかな。否。ただ、演じられていると思い込みたいだけなのかもしれない。


「なっちゃん、あのね。ちょっと話は変わるんだけど。ゆりの友だちに片思いしている子が居てね。その子は小学校から同じクラスだった男の子が好きで――」


 思わず身体が強張る。てっきり自分のことを言われたのかと思ったが、心のなかだけで首を横に振る。間を空けずに関係のない質問で場を繋ぐ。「それって、さっき言っていた演奏会に行った子?」――ゆりちゃんは静かに頷き、そのまま続けた。


「でもね、その子。勇気を振り絞って告白したんだけど、ほかに好きな人が居るんだって振られちゃったの。あのときはゆりも一緒に泣いちゃった。なんでこんなに素敵な子を振るんだろうって。魅力がない訳じゃないのに、どうしてって」


「ゆりちゃんも泣いたの? すっごい友だち想いなんだね?」


「だって、その子。ホントに可愛いし、ゆりよりも勉強できるし、体育なんていつも大活躍する子なんだよ!? なのに好きな子には振り向いてもらえなかったの」


 ゆりちゃんの言葉がいちいち突き刺さる。濡れゆく頬を隠しながら耳を傾けつつ、内心で彼女の言葉を繰り返す。――魅力がない訳じゃないのに、どうして。


「だけどね、まだ好きなんだって。今日もその子の好きな男の子の顔をいっぱい見たくて吹奏楽の演奏会に行ったんだけど、ゆりは演奏のほうに聴き入っちゃった!」


「振られたのに、まだ好きなの? 報われないのに?」


「ゆりもそう言ったんだけどね、報われるとか報われないとか、そういうのじゃないんだって。純粋に彼のことが好きで、遠くで笑顔を見るだけで良いんだって」


「あはは。それってなんだかストーカーみたい。しかもちょっとメンヘラっぽい」


 言いながら笑う。まるで自分のことみたいだ。純粋に雄二のことが好きで、でもわたしはやっぱり近くで――可能だったら、やっぱり隣で彼の笑顔が見たい。


 そこに居るのはかなたじゃない。幼なじみのわたしなんだ! わたしだけがたぶん、雄二を想い続けた。好きで好きで仕方なかった。やっぱりわたしは雄二が――

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