第26話
世界が夜へと変わろうとしている頃、わたしは公園に居た。ひとりぽっちで。錆びたブランコを揺らしながら、遠くから聞こえる小さな喧騒に耳を傾けていた。
それはたとえば、犬の遠吠えだったり、主婦の笑い声、男子学生たちの他愛もない話に。全容はおぼろげで聞こえない。ブランコの切ない音だけがわたしを満たす。
「――あれ、なっちゃん? どうしてこんなところにひとりで居るの?」
伏せていた顔を上げ、声のしたほうへと視線を向ける。艶やかな長めの黒髪を首の後ろで左右にまとめたツーサイドアップが印象的な、中学2年生の女の子だ。
「ゆりちゃん……珍しいね。今日は帰り遅いんだ?」
正確に言うなら、壱河ゆりちゃん。賢一くんの妹で、わたしとは遠い昔に仁義なき戦いを繰り広げたこともある。いま思えば、あのときがいちばん楽しかった。
「ゆりはね、暇つぶしに友だちと吹奏楽部の演奏会に行っていたんだ。それより、なっちゃんは何をしていたの? 兄さんと雄二くんはどこ? かなたちゃんは?」
「たぶん、まだ学校じゃないかな—―っていうか、かなたを知っているの?」
「うん。かなたちゃんはゆりが1年生のときに美術部の部長だったんだ! 絵が上手くて筆捌きもカッコいいし、いまでもゆりの憧れの人だよ! ちっちゃいけど」
ちっちゃいのは違いない。クラスで列を作るとき、いちばん前で腰に手を当てているのが彼女だから。何か悪いところを見つけようとした浅ましさが情けない。
「……かなたって美術部だったんだ。いま無所属だからびっくりだよ」
「えっ、かなたせんぱい、美術部じゃないの!? なんでっ!?」
そんなの、知る訳がない。だって、わたしたちはもう親友じゃないんだから。それをこの子の前で言ったらどうなるんだろう。――たぶん、どうにもならない。
「やっぱり、高校生って忙しいのかな……かなたせんぱいとはめっきり会わなくなっちゃったし、兄さんだって最近帰ってくるのが遅いし、雄二くんなんて――」
「ごめん、ゆりちゃん。かなたと雄二の話はしないで。お願いだから」
「どうして? もしかして、ケンカしちゃったの?」
ケンカ、なのだろうか。雄二とはそうなのかもしれないが、かなたは一方的に避けているだけだ。約束したのに裏切られて、親友を名乗りたくなくなったから。
王さまゲームに入れてあげたのも、こんなことをさせるためじゃなかったのに。
「なっちゃん……泣いているの?」
ゆりちゃんに言われて、そっと頬を撫でる。誰にも見せたくなかった虚しさが頬を濡らしている。慌てて袖で拭い去るが、どうにも止まる気配がない。
「何か辛いことでもあったの? ゆりで良かったら、話してほしいな」
自分より年下の子に、話すことじゃないのだと思う。おそらくたぶん、彼女が好きな人たちを穢すことにもなる。わたしが背負わなければならない罪なのに。
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