第25*話
「はあ、はあ……っ」
廊下を走ったのは、小学校の休み時間で鬼ごっこをしたとき以来だ。なつが鬼のときはすぐに捕まっちゃったっけ――なんて懐古しながら教室へと急ぐ。
ふとした記憶でもなつが居るのは、きっとそれだけ彼女との時間を大切にしてきたからだろう。意見がすれ違ってケンカした日もあるけど、それも立派な思い出だ。
「……なつ!」
教室のドアを思い切り開け、目的の人物の名前を叫ぶ。何人かのクラスメイトがまだ残っていたが、オレンジ色の世界に彼女が浮かぶことはなかった。
「お前ら……オレの心臓を弄んで楽しいか? さっき三沢にも同じことをされたが、いくら仲直りしたとはいえ、ふたりしてオレを貶めるのはひどいぞ?」
「えっと、仲直りはまだなんだ。それどころか、余計に抉れちゃって」
「抉れたって、どうしてだよ? 三沢が走って帰っていったことと関係あるのか?」
「やっぱり、もう帰っちゃったんだ、なつ。なんだかあのときの逆みたいだ」
ずいぶん時間が経ってしまったけど、いまの状態と似たような状況に陥ったことがある。そのとき僕となつの位置はそっくりそのまま逆だった。僕のときはなつによるいたずらだったからまだ救いがあったけど、今回はまるで違う。
「何があったのかは知らないが、三沢とは早めに仲直りしておけよ? 五反田に思い切りビンタされたくなかったらな。朝のホームルームに泣きたくないだろ?」
「僕だって、あのときは不本意だったんだよ。しかもシンプルに全力でしてきたし」
「だが、五反田のビンタに味を占めている自分が居る。違うか?」
「ぜんぜん違うよ。できればもう、あのゲームはしたくない」
思い出して、口許だけで軽く微笑む。彼女が即興で考えたゲームだけに、ルールの穴が大きすぎる。あれは単純に、虐待ゲームの名を隠しているだけに過ぎない。
「ねえ、賢一。良かったらでいいんだけど、仲直りの現場に立ち会ってほしいんだ」
「お前らふたりがいちゃいちゃしているのが好きなオレにとっては魅力的な提案だが、今日はちょっと私用があるんだ。悪いが、ひとりで行ってこい」
「いちゃいちゃなんて、そんなの。したことないよ?」
「自覚なしか――まあ、いいや。お前が心細いのは分かるが、それは三沢も同じだと思うぞ。だからたぶん、お前を避けていたし、お前をずっと見ていたんだよ」
あのときの僕も、きっとそうだったのかもしれない。いままで一緒に居た人が急に遠くへ行ってしまったような寂しさに付いていけなかったのだと思う。
だからふたりとも、助けを求めた。僕はたとえば、五反田さんに。彼女はおそらく、二取くんに。失われた矢印を閉じ込めずに、なつは彼に向けたんだ。
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