第24*話

「だから、恋人だってば。こんなに近いのに聞き逃す? 三沢なつから聞いていなかった? でもまさか、きみと四葉かなたが付き合っているなんてね」


「……に、二取。もしかして、見ていたの?」


「うん。ボクらもちょうど、ふたりだけでいちゃつける場所を探していたんだよね。あいにく、お気に入りの場所はきみたちに占拠されていたけど」


「ち、違うんだ。僕たちは付き合っている訳じゃ――」


「――違う? 何が違うの? キスなんて付き合っていないとできないでしょ? それとも、きみたちは恋人よりもふしだらな関係なの? まるで獣だね」


 獣。否定するよりもずっと先に、二取くんの言葉が圧し掛かってくる。まるで、錘だ。影を踏まれたかのように逃げられない。そしてまた、彼は錘を増やす。


「……なんてね。獣なのはボクたちのほうだよ。本来であれば、ここでセックス的なことをしていたのはボクたちだもの。ちなみに、提案者は三沢なつだよ」


 言葉に詰まる。声が出ない。打ちのめされているんだ。彼が紡ぐ、理想と掛け離れた現実に。それはつまり、僕の知っているなつがもうどこにも居ないことに。


 それが嘘である確率はゼロだ。これは4月の生易しい悪戯なんかじゃないと、彼の瞳を見れば分かる。そこにはただひたすらに、純粋な淀みが宿っていた。


「なつが? 嘘でしょ?」


「想像はきみたちに任せるよ。ともあれ、衝撃的な場面に三沢なつはびっくりしたのかな? ライオンに狙われたシマウマみたいに逃げ出しちゃった」


「教室でそんなこと……ワタシにはできないよ」


 ニ取くんと四葉さんが話し始めたので、取り残された僕はひとり、見えなくなった背中を追いかけることにした。なつの行き先はなんとなく分かる。


「あ、弐宮クン。三沢なつを追いかけるのは構わないけれど、唆すのだけはやめてね? それはボクのものだからさ。ボクって浮気がいちばん嫌いなんだよね」


「……そんなつもりはないよ。僕はただ、仲直りがしたいだけなんだ」


 強がってみたけど、やっぱりなんだか寂しい気もする。僕はなつのなに? 幼なじみであることは間違いない。でも友だちとは違うし、もちろん兄妹でもない。


 ――僕はなつのなに?


 心のなかだけで再び繰り返す。山彦みたいに答えが返ってきたらいいのに。昨日まではたぶん、幼なじみだった。じゃあ、今日は? やっぱり、考えても分からない。

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