第23*話
「……え、なつ? あっ、やば……」
四葉さんの声で、ようやく状況を把握する。なつに現場を見られた。しかも、よりにもよってサイアクな場面を。現場を去るなつはまるで、あのときの僕だった。
四葉さんに気付かれないよう、口許を拭う。彼女との不器用なキスは都合の良い温もりのような気がして、忘れたかった。なんなら、洗い流したいとさえ思う。
「どうして、なつが……?」
「きっと、僕を探していたんだ。なつと喧嘩をしていたから」
「喧嘩って、昨日のバスの? っていうか、まだ仲直りしていなかったの?」
「僕もなつも頑固だからね。どちらかが折れないと、永遠に終わらないんだ」
まっさらな唇のまま、努めて冷静に振る舞う。四葉さんに怒りのベクトルを向けるのだけは間違っている。本当に悪いのは、状況に流された僕自身なのだから。
なつはまだ遠くに行っていないはずだ。窓から見えるオレンジ色のグラウンドに制服姿の人は居ない。きっと、まだ追いつける。永遠なんてない。可能性はある。
「ちょ――ちょっと、ワタシを置いてどこに行くつもりなの?」
「どこって、なつを追いかけるんだよ。まだ仲直りをしていないからね」
四葉さんの次の言葉を聞く暇はない。急いで廊下へ飛び出す。その衝撃で誰かとぶつかりそうになり、避けた反動で床に手がつく。――彼は確か、二取くんだ。
「……おっと。急に飛び出すと危ないよ。これが道路だったら、きみは即死だ」
「ご、ごめん。二取くん、怪我はない?」
「珍しいね。ボクの名前を覚えているクラスメイトが居るとは。三沢なつと五反田ゆきには苦虫を嚙み潰した気分にさせられたけど、それもまた僥倖だよね」
アンニュイな目線で、二取くんは僕と床を交互に見た。彼の整った顔立ちが、なんだかナイフみたいに尖った氷を思わせて、余計に夕陽が眩しく感じてしまう。
「あ、二取じゃん。ええと、さっきは話を聞いてくれて、ありがと」
「どういたしまして。これでも同じ中学のよしみだからね」
閉めたはずのドアから四葉さんが顔を覗かせ、二取くんと話し始めた。どうやら、ふたりは知り合いみたいだ。しばらく僕を置いて盛り上がっていた。
言葉がなくなるのを待って、次第に僕から話を切り出す。
「そ、そうだ。二取くん、なつを知らない? 茶髪のショートヘアで――」
「もちろん、知っているよ。きみの幼なじみで、いまとなっては、ボクの恋人さ」
「……え?」
彼はいま、なんと言った? 聞き間違いでなければ、それはどういう意味だ?
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