第22話
「……あなただけだった」
二取くんは口を挟んでこない。やさしくはにかみながら、黙っている。それがなんだか不気味に思える。彼の雰囲気は、肌に感じる放課後の静けさに似ていた。
「あなただけが、ずっとわたしの傍に居てくれた。わたしの味方だったんだね」
「気付いてくれて嬉しいよ。そう、きみの味方はもはやボクだけだ。そしてきみに選択肢はない。きみが報われるためにするべきことは、たったひとつだけだよ」
「……あなたと付き合う」
「あらかじめ強制じゃないことだけは言っておくよ。でもきみだって、想う矢印の先を失って絶望しているはずだ。こう見えてボクも、泣きたくて仕方ないんだ」
ちょっと意外だった。二取くんにも感情的になることがあるんだ。いつも淡々としているからつい、忘れそうになる。彼の立場がわたしと殆ど変わらないことに。
二取くんが不気味に微笑んだまま掲げた提案はつまり、そのまま必然的に、あるいは強制的に、互いのベクトルを向け合うことを意味していた。
――ただ報われたいがために。バッドエンドを幸せにするためだけに。
「絶望、なのかな。よく分からないや。悲しくてやりきれないのはホントだけど」
「紛れもなく絶望だよ、それこそが。少なくとも、きみの瞳は光を失った風に見えるよ。カッターナイフを持たせれば、すぐにでも手首を切り落としそうな勢いだ」
「そんなこと、しないもん。死んだら、なんの意味もないし」
「冗談だよ。その恋に意味を与えられるのは前に進める人だけさ。だからヒトはたいてい、ひとつの恋が終わるとまた新しい恋に向かって歩み始めるんだ。それが性欲かどうかはさておき、自分が幸せで満たされるためにきっと、生きるんだよ」
言いながら、目を伏せる二取くんを見逃すことはなかった。控えめに微笑む彼に不気味さは感じられない。太陽が昇っているうちの校舎のような安心感がある。
「きみがボクと付き合ってくれるのなら、何も見えていない彼と違って、いっぱいきみに尽くしてあげるよ。きみが望むのであれば、キスでもセックスでもする」
キスはともかく、セ……二取くんって、やっぱりデリケートな話題を淡々と話すから、ちょっとびっくりする。そういうことを口にするのに抵抗はないみたいだ。
「あなたが、わたしの都合の良い存在で居てくれるなら、報われるんだよね」
「つまるところ、それはオッケーってことでいいのかな?」
静かに頷く。どうせ。いちばん好きな人のいちばんにはなれないんだ。2番目なんて意味がない。そんなの愛されているなんて言えない。それ以降はぜんぶ同じだ。
愛されたいのなら、確実に愛される道を歩めばいい。たとえば、彼と付き合うことで何かを得られるのだとしたら、それ以上の近道はないのだと思う。
――でも。
わたしのなかの燻ぶりが、静かに狼煙を上げていることには目を瞑ろうと思う。それはきっと、自分が幸せで満たされるために。たとえば、生きるために。
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