第14話

 廊下の窓に身体を預けて、しばらくぼうっと外の景色を眺める。放課後のグラウンドは騒がしい。朝は威勢のいいサッカー部や野球部が米粒みたいに見える。


 わたしの隣ではゆきが口を開くタイミングを見計らっていた。彼女の横顔は美しい。陶器のように白い肌が、夕陽で赤くなっている。こういうの、青春だなあ。


「なつ? あたしの顔に何か付いているの?」


「んーん。わたしが男の子だったら、きっとゆきのこと好きになっちゃうなあって」


「なにそれ。いまは好きじゃないってこと? あたしは好きなのに。なつのこと」


「……え?」


 視線が絡まる。正面から見たゆきの顔はもっと美しかった。それがどんどん近づいてくるのだから、恐ろしい。廊下の静けさに心臓の喧しい鼓動が重なる。


「よく見たら、なつって意外と子どもっぽい顔しているのね? うふふ、可愛い」


「ええと、その。ゆき……?」


 ゆきの品定めしているみたいな妖しい目つきに声が震える。このあと食べられるかもしれない。何年も守ってきた大切なものを、ここで易々と奪われる訳には。


「ふっ……あはは。さすがに悪ふざけが過ぎたかしら。可愛い三沢さん」


「も、もう! やめてよ!! ほんとに襲われるかと思っちゃったじゃん!! っていうか、その呼び方……懐かしいね。わたしがまだ五反田さん呼びしていたときだね」


「ええ、そうなるわね。あなたが1年前の春、怯えた鹿のような目で、期限超過の本を返しに来たときから、ずっと可愛い子だと思っていたのよ」


「えっ、あのときから? 嘘でしょ、怖い顔でわたしを睨んでいたじゃんっ」


「よく目つきが悪いって言われたのよ。そのおかげで友だちを作りにくかった」


 それはごめん。心のなかだけで反省し、口を閉ざす。ゆきもわたしも、こんな話がしたい訳じゃない。いまのゆきは笑顔が素敵な子だ。それでいいじゃないか。


「……弐宮くん。すごくあなたに謝りたいって言っていたわよ」


「うん、知ってる。何回も話しかけてきたし」


 でもその度にわたしは雄二を拒絶した。彼のやさしさに付け込んだわたしが悪いのに、どうして。心がふたつになったみたいに、好きと嫌いが共存している。


「ねえ、なつ。弐宮くんの話を聞いてあげて。あなたなら、彼が無視された程度で諦めないことくらい知っているでしょう? 付き合いの長い幼なじみなんだから」


「うん、雄二は頑固だからね。幼なじみのわたしが言うんだから間違いないよっ」


 夕焼けが眩しい。これから夜になるというのに、朱い光が目に染みる。想わなくたって、寄り添うくらいはできるはずだ。それが身勝手なわたしの出した答え。

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