第12話

「ところで、三沢さん。ずいぶんと彼のことを避けているみたいだけど、何かあったの?」


「……彼って、誰のこと?」


「惚けるってことは、だいぶご乱心なんだね。みんなに等しくやさしい三沢さんにすら、嫌いな人は居るらしい。ずっと睨んでいられるほど想っているみたいだし」


「二取くんには関係のないことだよ。これはわたし自身の問題だから」


 たぶん、最初からわたしは蝕まれていたのだと思う。自覚がないだけで、ずっと傷ついていた。それもほとんど、わたしがひとりで暴れていたからだ。


 二取くんの傍に居ると、やけに冷静でいられた。まるで自分の影を見つめているみたいに、俯瞰することができる。――これは、わたし自身の問題だから。


「もしかして、彼……ええと、弐宮雄二だっけ。弐宮雄二は幼い頃からの付き合いであるきみのことなんかよりも、ぽっと出の誰かを好きになったのかもね?」


「……うるさい」


「ああ、やっぱりそうだ。きみ、弐宮雄二が好きなんだね? だから、彼にまとわりつく女が嫌でたまらないし、彼のことだってもう――」


「――やめて!」


 自分の発した声が意外と大きなことに気付いて、意識を持ち直す。影を踏めるのは影じゃない。俯瞰なんてできるはずがない。表面上で取り繕っていただけだ。


「やめないよ、これは大切なことだからね」


「大切なこと? わたしを否定するのが、大切なこと?」


「残念ながら、極めて現実的な話だよ。きみはどうせ聞く耳を持っちゃくれないと思うけれど、恋愛というのは想いを伝えた者勝ちなんだ。いつまでも忍ばせたままじゃ、なんの意味もないんだ。きみの幼なじみという箔は絶対的な価値を持たない」


 反論しようとして、また彼は都合のいい息継ぎをした。わたしに発言権はない……なんだか当たり前みたいに現実を突きつける彼は、悪い魔物に思える。


「好きっていうだけの簡単なことができないのなら、きみは弐宮雄二を想う資格なんてどこにもない。そんなの、嫌いでいることと指して変わらないんじゃない?」


「嫌い……わたしが、雄二を?」


「そう。きみは嫌いだったんだよ。弐宮雄二のことを。だから、永く想っていたはずの気持ちはとたん、憎しみになった。視界にも入れたくないレベルでね」


 悪い魔物にも思えるが、彼の言葉には嘘がないように聞こえる。リアリティがある。現に、幼なじみという関係には、なんの意味もなかった。ただの鎖だった。


 断ち切ろうと思っていたのは本当だ。わたしには、雄二を想う資格なんてない。

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