第11話

「やあ、三沢さん。すっきりしたかい?」


「トイレ前で出待ちだなんて、すごいね。他の女子の目とか気にならなかった?」


「ぜんぜん。それより、ボクはきみのことが気になっていたんだよ」


「……え?」


 それって、つまり――いや、待って。確かに二取くんは顔こそ上品で整っている傾向にあるけど、性格や口調に難がある。平気でヤリ〇ンとか言っちゃうくらいに。


「あのさ。頬を染めているところ悪いんだけど、ボクが言っているのは—―とどのつまり、昨日のことなんだ。ボクとはぐれたあと、やっぱり何かがあったんだろ?」


「何にもないよ。あなたに置いていかれて、ちょっとムカついただけ!」


「だからごめんってば。探索厨ゆえのマッピング精神が働いちゃったんだよ」


 教室に戻る道中で二取くんをからかって楽しむ。男の子とこんなふうに話したのって久しぶりな気がする。雄二とのそれはなんだか遠い幻のように思えた。


「……っていうかさ、二取くん。わたしのこと、心配してくれるんだね? あんなに孤独がどうのって言っていたくせに」


「そりゃあ、気にはするよ。英国紳士としてはね」


「あはは、なにそれ。どこのエ〇シャール? 二取くんってハーフだったっけ?」


 彼にロングヘアのウィッグを被せたら、ほとんど女の子だ。愁いを帯びたシャープな瞳に、くっきりと浮かんだ鼻筋。なんなら、わたしよりもそれに見える。


「場を和ませるためのジョークだよ。あまり真に受けないでくれるかな」


「え~? なんだか裏がありそうで怖いんだけど」


「信用ないね……放っておかれたほうが良かった?」


「ううん、ありがと。お世辞でも嬉しいよっ」


 水飲み場の鏡にふと、わたしの顔が映る。意識して覗くと、彼女は笑っていた。とても楽しそうに。不快感はないように感じる。嬉しくてつい、口許が綻んだ。


「……わいい」


「なにか言った、二取くん?」


「なんにも。ただ、きみが笑ってくれてよかったなって」


「すごい気障っぽいけど、大丈夫? 熱でもあるの?」


 彼らしくない言動に少し驚く。ミステリアスな雰囲気があると思ったけど、人間らしいところもあるんだ――彼の額に手を当てようとして、不意に払い除けられる。


「熱がなかったら、みんな死人だよ。誰だって温かいところがあるもんだ」


「あはは。それは英国紳士として?」


「バカにしているだろ、それ。きみはボクを死人か何かだと?」


「そんなまさか。二取くんはわたしの友だちだよ。それとも、そう思っているのはわたしだけ?」


 あえて上目遣いで尋ねてみる。男の子はこれに弱いものだと、みっちゅんたちが言っていた。涙を潤ませると、いっそう効果的らしい。女の涙は武器だとはよく言ったものだけど、二取くんにそんなものが通じるとはとうてい思えない。だから――。


「ふ。だったら、どうする?」


「トイレに戻って、みんなにあなたが最低な人間だって言い触らす」


「女子のコミュニティは恐ろしいね。一瞬で噂が広がる。たとえそれが嘘でも」


「女の子の絆は強固だからね。ケンカは陰湿だし、悪口合戦で勝てる男子は居ないと思うよ。じぇーけーが色恋の次に好きなのは、誰かの陰口だからねっ!」


 まあ、わたしのグループは陰口よりも少女漫画の話題のほうが多いけど。

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